・・・――老人田舎もののしょうがには、山の芋を穿って鰻とする法を飲込んでいるて。拙者、足軽ではござれども、(真面目松本の藩士、士族でえす。刀に掛けても、追つけ表向の奥方にいたす、はッはッはッ、――これ遁げまい。撫子、欣弥の目くばせに、一室・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・そんな比羅絵を、のしかかって描いているのが、嬉しくて、面白くって、絵具を解き溜めた大摺鉢へ、鞠子の宿じゃないけれど、薯蕷汁となって溶込むように……学校の帰途にはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事を思出した。時雨も霙も知っている。夏は学校・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・そのちょっとのところに目をふさいで見れば、確かに藁が真綿になるに相違ないのである。山の芋が鰻になったりする「事実」も同様である。だんだんにこの「事実」に慣れて来ると、おしまいには、そのいわゆる「ちょっとした」経路を省略しても同じ事になりそう・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫