・・・ この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産の雉、山鳥、小雀、山雀、四十雀、色どりの色羽を、ばらばらと辻に撒き、廂に散らす。ただ、魚類に至っては、金魚も目高も決して食わぬ。 最も得意なのは、も一・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・松を飛んだ、白鷺の首か、脛も見え、山鳥の翼の袖も舞った。小鳥のように声を立てた。 砂山の波が重り重って、余りに二人のほかに人がない。――私はなぜかゾッとした。あの、翼、あの、帯が、ふとかかる時、色鳥とあやまられて、鉄砲で撃たれはしまいか・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ そこでは、雉も山鳥も鶯も亢奮せずにはいられない。雉は、秋や夏とは違う一種特別な鳴き方をする。鶯は「谷渡り」を始める。それは、各々雄が雌を叫び求める声だ。人間も、そこでは、自然と、山の刺戟に血が全身の血管に躍るのだった。 虹吉は――・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・雉はどうです、山鳥のほうがおいしいかな? 俺は鉄砲撃ちなんだ。鉄砲撃ちの平田といえば、このへんでは、知らない者は無いんだ。お好みに応じて何でも撃ってあげますよ。鴨はどうです。鴨なら、あすの朝でも田圃へ出て十羽くらいすぐ落して見せる。朝めし前・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽が真紅に萌え立つ頃には宿の庭先に兎が子供を連れて遊びに来たり、山鳥が餌をあさり歩くことも珍しくないそうである。 夜中雨が降って翌朝は少し小降りにはなったがいつ止むとも見えない。宿の番傘を借りて明神池見物に・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・古池の句は足引の山鳥の尾のという歌の簡単なるに比すべくもあらざれど、なお俳句中の最も簡単なるものに属す。芭蕉はこれをもってみずから得たりとし、終身複雑なる句を作らず。門人は必ずしも芭蕉の簡単を学ばざりしも、複雑の極点に達するにはなお遠かりき・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・なあに戻りに、昨日の宿屋で、山鳥を拾円も買って帰ればいい。」「兎もでていたねえ。そうすれば結局おんなじこった。では帰ろうじゃないか」 ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなくなっていました。・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
山男は、金いろの眼を皿のようにし、せなかをかがめて、にしね山のひのき林のなかを、兎をねらってあるいていました。 ところが、兎はとれないで、山鳥がとれたのです。 それは山鳥が、びっくりして飛びあがるとこへ、山男が両手・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ 少いときでも、ぐったり首垂れた鳩や山鳥が瞼を白く瞑っていた。父が猟に出かける日の前夜は、定って母は父に小言をいった。「もう殺生だけはやめて下さいよ。この子が生れたら、おやめになると、あれほど固く仰言ったのに、それにまた――」 ・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫