・・・そして、この事情は終戦後の文壇に於ても依然として続き、岩波アカデミズムは「灰色の月」によって復活し、文壇の「新潮」は志賀直哉の亜流的新人を送迎することに忙殺されて、日本の文壇はいまもなお小河向きの笹舟をうかべるのに掛り切りだが、果してそれは・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ、書物を読むと眼が悪くなる、電車の中や薄暗いところで読むと眼にいけない、活字のちいさな書物を読むと近眼になるなどと言われて、近頃岩波文庫の活字が大きくなったりするけれど、この人達は電車の中でも読み、活字・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・ 亡くなった母を思い出すたびに、私は幼いときのその乳汁を目に落してくれた母が一番目の前に浮かぶのだ。なつかしい、温い、幾分動物的な感触のまじっている母の愛! 岩波書店主茂雄君のお母さんは信濃の田舎で田畑を耕し岩波君の学資を仕送りした・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・石崖の上の端近く、一高の学生が一人あぐらをかいて上着を頭からすっぽりかぶって暑い日ざしをよけながら岩波文庫らしいものを読みふけっている。おそらく「千曲川のスケッチ」らしい。もう一度ああいう年ごろになってみたいといったような気もするのであった・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・のと思われる。 俳諧連句については私はすでにしばしば論じたこともあるからここでは別に述べない。とにかく、連句に携わる人はもちろん、まだこれについて何も知らない人でも、試みに「芭蕉七部集」の岩波本を活動帰りの電車の中ででも少しばかりのぞい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色々知りたいと思っていたところへ、矢島理学士から、西鶴の『永代蔵』にその記事があるという注意を受けたので、早速岩波文庫でその条項を読んでみた。そのついでにこの書のその他の各条も読んでみるとな・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それだのに今度新たに岩波文庫で読み返してみると、実に新鮮な記憶が残っていた。昔の先生の講義の口振り顔付きまでも思い出されるので驚いてしまった。「しろうるり」などという声が耳の中で響き、すまないことだが先生の顔がそのしろうるりに似て来るような・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ 岩波文庫の「仰臥漫録」を夏服のかくしに入れてある。電車の中でも時々読む。腰かけられない時は立ったままで読む。これを読んでいると暑さを忘れ距離を忘れる事ができる。「朝 ヌク飯三ワン 佃煮 梅干 牛乳一合ココア入リぐようなあさましい人・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ たとえば岩波文庫の芭蕉連句集のとの中から濁子という人の句ばかり抜き書きしてみると、「鵜船の垢をかゆる渋鮎」というのがあってそこに「鳥」と「魚」の結合がある。ところが同じ巻の終わりに近く、同人が「このしろを釣る」という句を出してその次の・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 岩波文庫本の解説で、斎藤茂吉氏は「甚五郎という人物はやはり鴎外好みの一人と謂って好いであろう」と云っておられるが、鴎外はこの佐橋の生涯の行きかた、それへの家康の忘れない戒心というものを、只、好みの人物という視点から扱ったのだろうか。・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫