・・・もし誤って無思慮にも自分の埓を越えて、差し出たことをするならば、その人は純粋なるべき思想の世界を、不必要なる差し出口をもって混濁し、なんらかの意味において実際上の事の進捗をも阻礙するの結果になるだろう」と。この立場からして私は何といっても、・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ どうして礼なんぞ遣っては腹を立って祟をします、ただ人助けに仕りますることで、好でお籠をして影も形もない者から聞いて来るのでございます、と悪気のない男ですが、とかく世話好の、何でも四文とのみ込んで差出たがる親仁なんで、まめだって申上げた・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・――差し出たことだが、一尾か二尾で足りるものなら、お客は幾人だか、今夜の入用だけは私がその原料を買ってもいいから。」女中の返事が、「いえ、この池のは、いつもお料理にはつかいませんのでございます。うちの旦那も、おかみさんも、お志の仏の日には、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・と巨なる鼻を庭前へ差出しぬ。 未だ乞食僧を知らざる者の、かかる時不意にこの鼻に出会いなば少なくとも絶叫すべし、美人はすでに渠を知れり。且つその狂か、痴か、いずれ常識無き阿房なるを聞きたれば、驚ける気色も無くて、行水に乱鬢の毛を鏡に対して・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・「それじゃ、私たち差出た事は、叱言なしに済むんだね。」「ほってもねえ、いい人扶けして下せえましたよ。時に、はい、和尚様帰って、逢わっせえても、万々沙汰なしに頼みますだ。」 そこへ、丸太棒が、のっそり来た。「おじい、もういいか・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・のそとを眺めていると、明るい日光の下で白く白く高まっている瀬のたぎりが眼の高さに見えた。差し出ている楓の枝が見えた。そのアーチ形の風景のなかを弾丸のように川烏が飛び抜けた。 また夕方、溪ぎわへ出ていた人があたりの暗くなったのに驚いてその・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・道に差出でし松が枝より怪しき物さがれり。胆太き若者はずかずかと寄りて眼定めて見たり。縊れるは源叔父なりき。 桂港にほど近き山ふところに小さき墓地ありて東に向かいぬ。源叔父の妻ゆり独子幸助の墓みなこの処にあり。「池田源太郎之墓」と書きし墓・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・水車へ水を取るので橋から少し下流に井堰がある、そのため水がよどんで細長い池のようになっている、その岸は雑木が茂って水の上に差し出ているのが暗い影を映しまた月の光が落ちているところは鏡のよう。たぶん羽虫が飛ぶのであろう折り折り小さな波紋が消え・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・サ、かく大事を明かした上は、臙脂屋、其座はただ立たせぬぞ、必ず其方、武具、兵粮、人夫、馬、車、此方の申すままに差出さするぞ。日本国は堺の商人、商人の取引、二言は無いと申したナ。木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・若い男のお客さんにお茶を差出す時なんか、緊張のあまり、君たちの言葉を遣えば、つまり、意識過剰という奴をやらかして、お茶碗をひっくり返したりする実に可愛い娘さんがいるものだが、あんなのが、まあ女性の手本と言ってよい。男は何かというと、これは、・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫