・・・ しかし、娘さんの両親は、結婚式はこんど晴れて帰還されてからにしたい。それまでは一先ず婚約という形式にしたいと申出た。なんといってもまだ若い、急ぐに及ばないという意見であった。いくらかの不安もあったろうか。 ところが、すっかりその娘・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・奥床しい態度であった。帰還後一、二作発表したが、武田さんの野心はまだうかがえなかった。象徴の門の入口まで行って、まだ途まどいしていた。終戦になった。私は武田さんは何を書くだろうかと、眼を皿にしていた。そして眼に触れたのが「新大阪新聞」の「ひ・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・ 三人の帰還軍人が瀬戸内海沿岸のある小さな町のはずれに一軒の家を借りて共同生活をしている。その家にもう一人小隊長と呼ばれている家族がいる。当年七歳の少年である。小隊長というのは彼等三人の中隊長であった人の遺児であるからそう名づけたのであ・・・ 織田作之助 「電報」
・・・この人の巧さはどぎつくない。この人の帰還がたのしみである。この人が帰れば、上京して会いたいと思う。その作家魂を私淑し、尊敬しながら、なんだか会うのが怖い作家は、室生氏である。会う機会を得た作家は、会うた順に言うと、藤沢、武田、久米、片岡、滝・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・滅後の弘経を遺嘱し、同じく十八日朝日蓮自ら法華経を読誦し、長老日昭臨滅度時の鐘を撞けば、帰依の大衆これに和して、寿量品の所に至って、寂然として、この偉大なたましいは、彼が一生待ち望んでいた仏陀の霊山に帰還した。そこでは並びなき法華経の護持者・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
一 内地へ帰還する同年兵達を見送って、停車場から帰って来ると、二人は兵舎の寝台に横たわって、久しくものを言わずに溜息をついていた。これからなお一年間辛抱しなければ内地へ帰れないのだ。 二人は、過ぎて来・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・としたためたかきつけと、東京方面の事情を上奏する書面を入れた報告筒を投下し、胸をとどろかせてまっていると、下から大きな旗がふりはじめられたので、かしこみよろこんで、帰還し 摂政宮殿下に言上しました。 皇族の方々のおんうち、東京でおやしき・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ そうして私は、リュックサックにたくさんのものをつめ込んで、ぼんやり故郷に帰還しました。 あの、遠くから聞えて来た幽かな、金槌の音が、不思議なくらい綺麗に私からミリタリズムの幻影を剥ぎとってくれて、もう再び、あの悲壮らしい厳粛らしい・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ その会話に依って私は、男は帰還の航空兵である事、そうしてたったいま帰還して、昨夜この港町に着いて、彼の故郷はこの港町から三里ほど歩いて行かなければならぬ寒村であるから、ここで一休みして、夜が明けたらすぐに故郷の生家に向って出発するとい・・・ 太宰治 「母」
・・・彼女は、彼女は、僕の帰還を何年でも待つ、と言って寄こしているのですから。」「悪かった、悪かった。」ほかに言いようの無い気持だった。 三 ささやかな事件かも知れない。しかし、この事件が、当時も、またいまも、僕・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
出典:青空文庫