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・・・ 瞬間の幻視である。手提はすぐ分った。が、この荒寺、思いのほか、陰寂な無人の僻地で――頼もう――を我が耳で聞返したほどであったから。……私の隣の松さんは、熊野へ参ると、髪結うて、熊野の道で日が暮れて、あと見りゃ怖しい、先・・・
泉鏡花
「燈明之巻」
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・・・いかに単純化した手法を用うるにしても、顔面のあらゆる筋肉や影や色を閑却しようとしない洋画家は、歴史上の人物の肖像を描き得るために、モデルを前に置いたと同じ明らかさをもって、想像の人間の顔を幻視し得ねばならぬ。このことは画家にとって非常な難事・・・
和辻哲郎
「院展遠望」