・・・「そら、Hさん、ありゃいつでしたかね、ながらみ取りの幽霊が出るって言ったのは?」「去年――いや、おととしの秋だ。」「ほんとうに出たの?」 HさんはMに答える前にもう笑い声を洩らしていた。「幽霊じゃなかったんです。しかし幽・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・――そうしてその幽霊が時々我々の耳へ口をつけて、そっと昔の話を囁いてくれる。――そんな怪しげな考えがどうしても念頭を離れないのです。殊に今の洋服を着た菊五郎などは、余りよく私の友だちに似ているので、あの似顔絵の前に立った時は、ほとんど久闊を・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・というのはあのトックの家に幽霊の出るという話なのです。そのころにはもう雌の河童はどこかほかへ行ってしまい、僕らの友だちの詩人の家も写真師のステュディオに変わっていました。なんでもチャックの話によれば、このステュディオでは写真をとると、トック・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心に草を攀じた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋の縁外の欠けた手水鉢に、ぐったりと頤をつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。 横ざまに、杖で、敲き払った。が、人気勢の・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 津々浦々到る処、同じ漁師の世渡りしながら、南は暖に、北は寒く、一条路にも蔭日向で、房州も西向の、館山北条とは事かわり、その裏側なる前原、鴨川、古川、白子、忽戸など、就中、船幽霊の千倉が沖、江見和田などの海岸は、風に向いたる白帆の外には・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・裏長屋ですもの、くさばかげろうの幽霊です。 その手拭が、娘時分に、踊のお温習に配ったのが、古行李の底かなにかに残っていたのだから、あわれですね。 千葉だそうです。千葉の町の大きな料理屋、万翠楼の姉娘が、今の主人の、その頃医学生だった・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・これが、今でも、幽霊の様に、また神さまの様に、僕の心に見えとるんや。」「何か意味のありそうな話じゃないか?」「詳しうすれば長なろけれど、大石という人はもとから忠実で、柔順で、少し内気な質であったと思い給え。現役であったにも拘らず、第・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・「あ、船幽霊だ!」と、叫ぶと、ぎょっとしました。「なんだか、気味が悪いし、もう引き上げよう。」といって、わずか二、三びきしか釣れなかったたらをかごにいれて、兄は、家へもどってきました。 たらの色は、黒々として、大きな目玉が光って・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・きっと幽霊船であるかもしれない。」といったものもありました。そして幽霊船というものは見るものでないといって、町の人々はだんだん家の方へ帰りました。 すると不思議なことには、ちょうどその日から、町へ見慣れないようすをした十か十一ぐらい・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・その実体がまた変に幽霊のような性質のものに思えて来る。いよいよそうなって来ると私はどうでも一度隣の湯を覗いて見てそれを確めないではいられなくなる。それで私はほんとうにそんな人達が来ているときには自分の顔が変な顔をしていないようにその用意をし・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫