・・・しかしその後幾星霜を経て、大正六、七年の頃、わたくしは明治時代の小説を批評しようと思って硯友社作家の諸作を通覧して見たことがあったが、その時分の感想では露伴先生の『らんげんちょうご』と一葉女史の諸作とに最深く心服した。緑雨の小説随筆はこれを・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・たった一本広いドライヴ・ウェイが貫いている左右の眺めは、大戦が終って幾星霜を経て猶そのままな傷だらけの地べたである。一本の立木さえ生きのこっていることが出来なかった当時の有様を髣髴として、砲弾穴だけのところに薄に似た草がたけ高く生えている。・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・生きながら姿で埋められた一人の兵卒の銃口が叢が茂った幾星霜の今日もなお現れていて、それを眺めた人々は思わずも惻隠の情をうごかされ、恐らくはそこに膝をついて、その銃口を撫でてやるのであろう。 茫々としたいら草の間にその小さい円い口は光りを・・・ 宮本百合子 「金色の口」
・・・の持つ文学上の記念碑的価値は、日本のロマン主義時代の詩人として出発したこの作家が、自然主義の時代に小説の道にうつり、以来、幾星霜、社会生活と思想の波濤を凌いでここに到達した人生態度と文学的様式の、よかれあしかれこの作者としての統一完成の姿で・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫