・・・まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉く焼き払われた後、崖も亦その麓をめぐる道路の取ひろげに削り去られ、セメントを以て固められたので、広小路のこなたから眺望する時、公園入口の趣は今までとは全く異るようになった。池の端仲町の池に臨んだ裏通も亦・・・ 永井荷風 「上野」
・・・おかみさんはまだ婆さんというほどではなく、案外垢抜けのした小柄の女で、上野広小路にあった映画館の案内人をしているとの事であった。爺さんはいつでも手拭を後鉢巻に結んでいるので、禿頭か白髪頭か、それも楽屋中知るものはない。腰も曲ってはいなかった・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・聞クナラク浅草公園上野広小路辺ノ洋風酒肆近年皆競ツテ美人ヲ蓄フト。果シテ然ルヤ。婢答ヘテ曰ク閣下ノ言フガ如シ。抑是ノ酒肆ハ浅草雷門外ナル一酒楼ノ分店ニシテ震災ノ後始テ茲ニ青ヲ掲ゲタルモノ。然ルガ故ニ婢モ亦開店ノ当初ニ在リテハ浅草ノ本店ヨリ分・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・立ったまま、「きょうお姉様に上野の広小路と山下の間で会った」とハアハア笑った。「いやよ、何云ってるのさ」「だって、バスにのっているすぐとなりの男のひとが、ほらあれって云ってるんだもの」「見たの?」「ううん、こんでいて・・・ 宮本百合子 「似たひと」
出典:青空文庫