・・・ 一行四人は兵衛の妹壻が浅野家の家中にある事を知っていたから、まず文字が関の瀬戸を渡って、中国街道をはるばると広島の城下まで上って行った。が、そこに滞在して、敵の在処を探る内に、家中の侍の家へ出入する女の針立の世間話から、兵衛は一度広島・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「芸州広島の御城下でございます。」 直孝はじっと古千屋を見つめ、こういう問答を重ねた後、徐に最後の問を下した。「そちは塙のゆかりのものであろうな?」 古千屋ははっとしたらしかった。が、ちょっとためらった後、存外はっきり返事を・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・が、いや、差しかかった主人の用向が大切だ、またおれの一命はこんなところで果すべきものではないと、思いかえして、堪忍をこらし、無事に其の時の用を弁じて間もなく退役し、自ら禄を離れて、住所を広島に移して斗籌を手にする身となった……。 それよ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 例えば、広島に原子爆弾が出現した時、政府とそして政府の宣伝係の新聞は、新型爆弾怖るるに足らずという、あらぬことを口走っている。そしてこれを信じていた長崎の哀れな人々は、八月二十日を待たずに死んで行ったではないか。 原子爆弾と前後し・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・しろう游ぐだけの遠慮ない仲なれど、軍夫を思い立ちてより何事も心に染まず、十七日の晩お絹に話しそこねて後はわれ知らずこの女に気が置かれ相談できず、独りで二日三日商売もやめて考えた末、いよいよ明日の朝早く広島へ向けて立つに決めはしたものの餅屋の・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 大阪に、岡山に、広島に、西へ西へと流れて遂にこの島に漂着したのが去年の春。 妻子の水死後全然失神者となって東京を出てこの方幾度自殺しようと思ったか知れない。衣食のために色々の業に従がい、種々の人間、種々の事柄に出会い、雨にも打たれ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ あたしならば、広島の焼跡をかくんだがなあ。そうでなければ、東京の私たちの頭上に降って来たあの美しい焔の雨。きっと、いい絵が出来るわよ。私のところでは、母が十日ほど前に、或るいやな事件のショックのために卒倒して、それからずっと寝込んで、あた・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 母はおちぶれても、おいしいものを食べなければ生きて行かれないというたちのひとだったので、対米英戦のはじまる前に、早くも広島辺のおいしいもののたくさんある土地へ娘と一緒に疎開し、疎開した直後に私は母から絵葉書の短いたよりをもらったが、当・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・またたとえば広島へんで夏の夕方相当に著しい風が吹けばその風の方向から、地方的影響を除いた一般的気圧配置が想像されるわけである。 以上は一通りの理論から期待される事であるが、実際の場合にどこまでこれが当たるか、各地方の読者の中で気象のほう・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・そうして東京、横浜、沼津、静岡、浜松、名古屋、大阪、神戸、岡山、広島から福岡へんまで一度に襲われたら、その時はいったいわが日本の国はどういうことになるであろう。そういうことがないとは何人も保証できない。宝永安政の昔ならば各地の被害は各地それ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫