・・・一方には、日本の全人口からみれば少い一部の文学好きの人々、教養の深い人々のために、純文学作品の発表・出版があり、一方では、より多くの大衆が、労働から解放されたときの気まぎらしのため、昔の庶民が寄席をたのしんだように、ごろりと寝ころがってすご・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・察法第四条の改正を議会へ請願したりする迄の十数年間、日本の一般の家庭婦人の経た政治的訓練というものは、一部の婦人の選挙の前後の内助的活動と、選挙が近くなるとあすこの奥さんは愛想がよくなるよ、という風な庶民的諷刺とにとどまっていたと思えるので・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・そもそものれんの発祥した庶民の暮しは、同じ荒っぽさに一きわむき出されているのだが、そういう生活の中では、一山いくらと札の立っている瀬戸物のなかからより出して来る茶碗が実にひどいものになっているという今日の情のこわい肌ざわりしかないのである。・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・の隷属日本の風俗とたいこもち精神を代表している。庶民は、何が下司であるということは知っているものである。ものには程があるということをわきまえず自分の卑屈さを知らない親王が、絶対主義の裏がえしである闊達さで、「トア・エ・モア」という文化人のダ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・運動の波がひいたとき、この作者は自分のまわりにある家の中の人々の庶民的な顔を長め、素朴な、自然発生的な生きかたを眺め、それを庶民的な、民衆的な素直さとして胸をうごかされ、自分自身も素直になって、自分の生きかたを肯定している小説である。この場・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・太閤記と云う名をきいただけで、日本の庶民の伝承のうちにめをさます予備感情がある。だから、戦時中は小才のきく部隊長のような藤吉郎が清洲築城に活躍しても、よむ人は、逆に、やっぱり秀吉ほどの人物は、と、自分たちが非人間に扱われている現状に屈する方・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・これまでの中国の庶民生活の波瀾の歴史を眺めれば、そのよって来たるところも察せられなくはないのである。 日本評論の九月号に、中国の人々の眼に映った日本人というものが語られていて、その場合、或る種の読者は周囲にある社会生活の現実から、〔三十・・・ 宮本百合子 「中国文化をちゃんと理解したい」
・・・このようなところから考えても、ドストエフスキイが伯爵であるトルストイの作を評して、庶民というものをトルストイは知っていないと片づけたのも、トルストイにとっては致命的な痛さだったにちがいない。貴族のことを好んで書いたバルザックも誰か無名の貴族・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・明治大帝の詔にいう、「官武一途庶民に至るまで、各々そのこころざしを遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す」と。私利を先にして、天下万民に各々そのこころざしを遂げしむる努力を閑却するごときものは、大詔に違背せる非国民である。しかもこの徒が政・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・市井にある庶民の一人としての住居にふさわしい、ささやかな、目だたない、質素な家に住むことを、藤村は欲したのであろう。しかしそういう住居のなかには、市井庶民の好みに合うような、さまざまな凝った道具が並んでいなくてはならなかったであろう。あると・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫