・・・あるいは席にこぼれ、廊下を歩く娘たちの活々とした、しかし礼儀ある物ごし――寄宿舎に帰っても、美の幻にまだつつまれてるようだ。それは学べよ、磨けよというようだ。 寒い街を歩いて夕刊売りの娘を見た。無造作な髪、嵐にあがる前髪の下の美しい額。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばかりたった後のことだ。二階・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「この廊下を真ッ直ぐに行くんだ、――編笠をかぶって。」 俺は看守の指さす方を見た。 長い廊下の行手に、沢山の鉄格子の窓を持った赤い煉瓦の建物がつッ立っていた。 俺はだまって、その方へ歩き出した。 アパアト住い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 茶の間の柱のそばは狭い廊下づたいに、玄関や台所への通い口になっていて、そこへ身長を計りに行くものは一人ずつその柱を背にして立たせられた。そんなに背延びしてはずるいと言い出すものがありもっと頭を平らにしてなどと言うものがあって、家じゅう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 座敷へ上っても、誰も出てくるものがないから勢がない。廊下へ出て、のこのこ離れの方へ行ってみる。麓の家で方々に白木綿を織るのが轡虫が鳴くように聞える。廊下には草花の床が女帯ほどの幅で長く続いている。二三種の花が咲いている。水仙の一と株に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・「あの頃の貴婦人はね、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗いところなどで、平気で小便をしたものなんだ。窓から小便をするという事も、だから、本来は貴族的な事なんだ。」「お酒お飲みになるんだったら、ありますわ。貴族は、寝ながら飲むんでし・・・ 太宰治 「朝」
・・・よくわからぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚しきところを押してみたが開かない。二歩三歩進んで次の戸を押したがやはり開かない。左の戸を押してもだめだ。 なお奥へ進む。 廊下は突き当たってしまった。右にも左にも道がない。困って右を・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・講義をすまして廊下へ出ると学生が押しかけて質問をする。宅へ帰ると世界中の学者や素人から色々の質問や註文の手紙が来ている。それに対して一々何とか返事を出さなければならないのである。外国から講演をしに来てくれと頼まれる。このような要求は研究に熱・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・幅一間ばかりの長い廊下で、黒い板がつるつる光っていた。戸棚や何かがそこにあった。 廊下つづきの入口の方を見ると、おひろがせっせと雑巾がけをしていた。道太は茶の室へ出ていって、長火鉢の前に坐って、煙草をふかしはじめた。「みんな働くんだ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ と、気がついたふうに、それから廊下をへだてた、まだ夜業をしている工場の方へ、大声でどなった。「安雄ッ、武ちゃん――」 よばれた二人の文選工が、まだよごれ手のまま、ボンヤリはいってくると、「お前たち、もう今夜はいいから、ポス・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫