・・・自作について云々するのはどうも自家弁護の辞を弄するような気がして書きにくかった故である。わたくしが個人雑誌『花月』の誌上に、『かかでもの記』を掲げて文壇の経歴を述べたのは今より十五、六年以前であるが、初は『自作自評』と題して旧作の一篇ごとに・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・などと言って、僕等が其の無礼なことを語った時には、それとなく弁護するような語調を漏らしたことさえあった。お民は此のカッフェーの給仕女の中では文学好きだと言われていた。生田さんが或時「今まで読んだものの中で何が一番面白かったか。」ときくと、お・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・その津田君が躍起になるまで弁護するのだから満更の出鱈目ではあるまい。余は法学士である、刻下の事件をありのままに見て常識で捌いて行くよりほかに思慮を廻らすのは能わざるよりもむしろ好まざるところである。幽霊だ、祟だ、因縁だなどと雲を攫むような事・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・林弁護人の陳述の中では検事団が三鷹事件の証人を検事側に有利に利用する為には偽証罪をふりかざし、証人呼び出しの不意打ちなどの技術を指導している事実が語られています。権力が私達すべての人民に共通な人権を踏みにじってゆく方法はこの様に計画的であり・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・ 離婚訴訟には、婦人の弁護士がつきます。そして、大抵の場合に婦人が勝訴になります。時には、良人が何等の悪意も蛮行もない場合に於てさえ婦人は訴訟して、勝つ事がございます。 其は何故でございましょう。何故そう云う恐るべき冒涜が人間の魂に・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・というような標語をその文字の意味で理解するようになったというのが、婦人の政治的成長というのは、あまり、安易な解釈と自己弁護であろう。 成長をうながす一つの方法として、一部では隣組に主婦会をおいて、主婦というものを一つの職能として上部の組・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ところで、前後五回の公判廷にはどのような光景があり、被告はどのように、弁護人はどのように陳述して来ているだろうか。 第一日の十一月四日、法廷にはニュース映画のカメラ、ラジオの録音の機具まで運びこまれ、まぶしいフラッシュの閃きの間に赤坊の・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・悪しといわば弁護もやしたまわん。否、われとてもその直なる心を知り、貌にくからぬを見る目なきにあらねど、年ごろつきあいしすえ、わが胸にうずみ火ほどのあたたまりもできず。ただいとうにはゆるは彼方の親切にて、ふた親のゆるしし交際の表、かいな借さる・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・今の私はなお自欺と自己弁護との痕跡を、十分消し去ることができない。自己弁護はともすれば浮誇にさえも流れる。それゆえ私は苦しむ。真実を愛するがゆえに私は苦しむ。六 私は自分に聞く。――お前にどんな天分があるか。お前の自信が虫の・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・もしこの言葉が芸術家の楽屋落ちを弁護するために、すなわち「芸術家のための芸術」の意味において用いられるとすれば、それはこの言葉を真実に生かしているとは言えない。 自分は美の王国への情熱が岸田君の生活の中核となり、その製作に人類的事業とし・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫