・・・ で、口を手つだわせて、手さきで扱いて、懐紙を、蚕を引出すように数を殖すと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。……信也氏は脇の下をすくめて、身ぶるいした。「だ……」 がっかりして、「めね……・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 中には荷車が迎に来る、自転車を引出すのもある。年寄には孫、女房にはその亭主が、どの店にも一人二人、人数が殖えるのは、よりよりに家から片附けに来る手伝、……とそればかりでは無い。思い思いに気の合ったのが、帰際の世間話、景気の沙汰が主なる・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・かねてここと見定めて置いた高架鉄道の線路に添うた高地に向って牛を引き出す手筈である。水深はなお腰に達しないくらいであるから、あえて困難というほどではない。 自分はまず黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼ら無心の毛族も何らか感ずるところあ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・とその当時私は友人の顔を見るたび言っていたが、無論お定の事件からこんな文学論を引き出すのは、脱線であったろう。 が、とにかく私は笑えばいいと思った。女の生理の悲しさについて深刻に悩むことなぞありゃしない、俺を驚かせた照井静子の奔放な性生・・・ 織田作之助 「世相」
・・・認識において自己以外の他の物体の存在が他人の存在の確実によって媒介されるように、道徳も自己のみから引き出すことは出来ず、他人の存在に依従している。我と汝とが対立して初めてモラールがあり、ジッテがある。この生活共同態の思想は前にも述べた。道徳・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・いや糸口はハッキリして居て、それを引っぱり出しさえすれば埒は明くのだが、それを引出すことは出来なくて、強いて他の糸口、それは無いに定まっている糸口を見出さなくてはならぬので、何とも為方の無い苦みに心がかれているのである。「…………」・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・そんなにして坐っていて、わたしの顔を見ているその目付で、わたしの考えの糸を、丁度繭から絹糸を引き出すように手繰出すのだわ。その手繰出されたわたしの考えは疑い深い考えかも知れない。わたしにもよく思って見なくちゃあ分からないわ。一体お前さんはな・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・すなわち、この小説は、徹底的に事実そのままの資料に拠ったもので、しかも原作者はその事実発生したスキャンダルに決して他人ではなかった、という興味ある仮説を引き出すことが出来るのであります。更に明確にぶちまけるならば、この小品の原作者 HERB・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・聖母を、あかるみに引き出すな! 男は、また蒲団にもぐり込んだ様子だ。そうして、しばらく、二人は黙っている。 男は、やがて低く口笛を吹いた。戦争中にはやった少年航空兵の歌曲のようであった。 女は、ぽつんと言った。「あしたは、ま・・・ 太宰治 「母」
・・・動揺を企図したものだが、しかし、そのいつわりの縁談はそれ以上、具体化する事も無く、そのうちに君は、卒業と同時に仙台の部隊に入営して、岡野がいなくては、いかに大石、智略にたけたりとも、もはや菊屋から酒を引出す口実に窮し、またじっさい菊屋に於い・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
出典:青空文庫