・・・今となっては、こうも思って、自分のやゝもすれば、沈み勝な気持を引立てたいとしますけれど、東洋流の思想が、子供の時分から頭にはいっている私達には、人生五十年というような言葉がいまでも思い出されることがあるのです。時勢が積極的となり、事実また、・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・たとえば友だちの名をかたってパリへ出かけるいたずら者が、自分の引き立て役に純ドイツ型の椋鳥を連れて行く、その椋鳥のタイプとか、パリ遊覧自動車の運転手とか案内者とか、ベデカと首っ引きで、シャンゼリゼーをシャンセライズと発音する英国老人とかいう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・私の目から見るとただ自分の心の中へ中へと引っ込んで行く亮を、どうでも引き立てて外側へ向け直してやる事が自分の務めのように思っていたので、機会あるごとに口をすくして説法のような事を聞かせた。 その当時の亮の日記のようなものを見ていると、こ・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・自分の娘を引立てて、まま娘である姫は、建物の中で日もよく当らないような粗末な部屋だか廊下だかわからないような一段おちくぼんだ部屋に住まわせた。物語の終りは、そのようにいじめられた落窪の姫に思いもかけない立派な愛人が出来て、堂々とした生活をす・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・いずれにしろ、真面目に今日恋愛と結婚を考える人は、その気持を相手の人にだけ寄せかけないで、自分の気持を自分でもって行くばかりでなく、相手の人の気持も自分があるところまでは、引き負い、引き立てて自分たちの幸福を日々の現実の中で捉えて行く心持が・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・しかしこの手紙のところどころ読んで、私が最も強く精神を引立てられたのはローザと自分との間にある歴史の発展の大さということについての実感であった。 獄中におけるローザの手紙は、その中に吐露されている自然の鳥や花に対する優しい情緒や憧憬やに・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・失望は仕ましたものの、前に幾度もお煎餅を食べたりした所だと云う事は少なからず弟の気を引き立てて却って静かな人の居ないのが嬉しいと云う様な気を起させました。 私は自分の居る所の番地も知らずに居る罪のない後生願いの婆さんの事を可愛らしく思い・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・私はその写真を見て、立派な裾模様の上にのっている白粉の濃い女の顔の表情に、衣裳によって引立てられるほどの美も漂っていないのに或る感想を刺戟されたのであった。 断種協会は、この社会の不幸である悪質の病気、アルコール中毒等の遺伝から子孫を防・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ヨットの白い帆は母親達の色彩多い装を一層引立てた。 ヴィクトリア公園の池でほっぺたのこけた顔色わるい子供達は玩具がないから脚で水をバジャバジャ蹴ったり、棒切れで仲間に水をはねかしたりした。笑わず遊んだ。大人みたいな様子の女の児の白い下着・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・自分は御先代の引立てをこうむったには違いない。しかし元服をしてからのちの自分は、いわば大勢の近習のうちの一人で、別に出色のお扱いを受けてはいない。ご恩には誰も浴している。ご恩報じを自分に限ってしなくてはならぬというのは、どういう意味か。言う・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫