・・・少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に跳ね上ったぐらい強烈な影響は有史以来まだ受けていなかったと云うのが適当でしょう。日本の開化はあの時から急劇に曲折し始めたのであります。また曲折しなければならないほどの衝動を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかしこの条件を成立せしむるためには真に対して起す情緒が強烈で、他の理想を忘れ得るほどに、うまく発揮されなくてはならん訳であります。今の作物にこれだけの仕事ができているかが疑問であります。 あまり議論が抽象的になりますから、実例について・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・その相剋の強烈さで。その暗さの深さで。自分が感じている明るくなさや、ひとも自分も信じがたさを、刺戟し、身ぶるいさせる自虐的な快感でひきつけられているのだと思う。 ここで、再びわたしたちは、文学にふれてゆく機会が偶然であるという事実と・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・トルストイは偉大であり、ドストイェフスキーの世界は五月の嵐のように多彩強烈である。けれども彼等は革命を理解しなかった。歴史のある時期におこる飛躍と質の変換を理解しなかった。彼等の人間性一般は階級のバネをもっていない。 見事なルイ十六世式・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ 九郎右衛門は強烈な火を節光板で遮ったような声で云った。「己はおとどしの暮お主に討たれた山本三右衛門の弟九郎右衛門だ。国所と名前を言って、覚悟をせい」「そりゃあ人違だ。おいらあ泉州産で、虎蔵と云うものだ。そんな事をした覚はねえ」・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・声は無いが、強烈な、錬稠せられた、顫動している、別様の生活である。 幾つかの台の上に、幾つかの礬土の塊がある。又外の台の上にはごつごつした大理石の塊もある。日光の下に種々の植物が華さくように、同時に幾つかの為事を始めて、かわるがわる気の・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ナポレオンの爪は彼の強烈な意志のままに暴力を振って対抗した。しかし、田虫には意志がなかった。ナポレオンの爪に猛烈な征服慾があればあるほど、田虫の戦闘力は紫色を呈して強まった。全世界を震撼させたナポレオンの一個の意志は、全力を挙げて、一枚の紙・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・忘れていた悲しみが、再び強烈な匂のように襲って来た。 彼は妻の病室の方へ歩き出した。 ――しかし、これは、事実であろうか。 彼はまた立ち停った。セロのガボットが華やかに日光室から聞えて来た。 ――しかし、よし譬え、明かに、事・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ このような淡い繊弱な画が、強烈な刺激を好む近代人の心にどうして響くか、と人は問うであろう。しかしその答えはめんどうでない。極度に敏感になった心には、微かな濃淡も強すぎるほどに響くのである、一方でワグナアの音楽が栄えながら他方でメエテル・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・それは玉王の前に連れ出されたときの親子再会の喜びをできるだけ強烈ならしめるためであろう。しかも作者は、この再会の喜びをも、実に注意深く、徐々に展開して行くのである。まず玉王は、連れ込まれて来た老夫婦をながめて、それらを縛り上げている役人たち・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫