・・・しかもそれを当事者自身は何か英雄的行為のようにうぬ惚れ切ってするのですからね。けれどもわたしの恋愛小説には少しもそう云う悪影響を普及する傾向はありません。おまけに結末は女主人公の幸福を讃美しているのです。 主筆 常談でしょう。……とにか・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・吾人は貞淑なる夫人のために満腔の同情を表すると共に、賢明なる三菱当事者のために夫人の便宜を考慮するに吝かならざらんことを切望するものなり。……」 しかし少くとも常子だけは半年ばかりたった後、この誤解に安んずることの出来ぬある新事実に遭遇・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・それは前に掲げました実例通り、ドッペルゲンゲルの出現は、屡々当事者の死を予告するからでございます。しかし、その不安の中にも、一月ばかりの日数は、何事もなく過ぎてしまいました。そうして、その中に年が改まりました。私は勿論、あの第二の私を忘れた・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・何故と云えば一二年以前、この事件の当事者が、ある夏の夜私と差向いで、こうこう云う不思議に出遇った事があると、詳しい話をしてくれた時には、私は今でも忘れられないほど、一種の妖気とも云うべき物が、陰々として私たちのまわりを立て罩めたような気がし・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ もっとも中年の恋がいかに薄汚なく気味悪かろうとも、当事者自身はそれ相応の青春を感じているのかも知れない。しかし私は美しい恋も薄汚ない恋もしてみようという気には到底なれない。情事に浮身をやつすには心身共に老いを感じすぎているのである。私・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ いいかえれば、当事者はべつとして、その出来事を知っているものは、大阪中にただ一人しかいない――ということになる。 その意味では、その目撃者はかなり重要な人物だと、云ってもよいから、まずその姓名を明らかにして置こう。 小沢十吉…・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・場合には、自然に且つ多くの場合に当事者の無意識の間に、色々の拘束障害が発生して来て、その研究は結局中止するか、あるいは研究者がそこを去る外はないようになることもないとは云われない。環境に適しないものの生存が自然に沮止されるのはこのような場合・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・それでこの機会を利用して専売局に敬意を表すると同時に、当事者がますます煙草に関する科学的芸術的ないし経済的研究を進められて、今よりも一層優良な煙草を一層廉価で供給されんことを希望する次第である。・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・そういう見地から見ると大地震が来たらつぶれるにきまっているような学校や工場の屋根の下におおぜいの人の子を集団させている当事者は言わば前述の箱根つり橋墜落事件の責任者と親類どうしになって来るのである。ちょっと考えるとある地方で大地震が数年以内・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・不備に対して当事者を攻撃し誹謗する事よりもむしろ当事者の味方になり、そうして一般読者とともにその不備を除去する方法を講究する機関となる事を心がけたいものである。そういう心持ちがもう少しはっきり現われていさえすれば、現在の新聞でももう少し気持・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫