・・・田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・と、同じような考えが胸に往来して、いつまでも果てしがない。その考えは平田の傍に行ッているはずの心がしているので、今朝送り出した真際は一時に迫って、妄想の転変が至極迅速であッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・他人に附合うも此通りにて、唯我家を大事に治めて、閑暇の時には自から其家を尋ねて往来音問自在なる可し。他家に嫁するは入牢にあらず、憚るに足らざるなり。又親里の事を誇りて讃め語る可らずとは念入りたる注意なり。徒に我身中の美を吹聴するは、婦人に限・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そして気の無さそうに往来を見卸した。 ちょうど午後三時である。Rue de la Faisanderie の大道は広々と目の下に見えていて、人通りは少い。ロンドンの上流社会の住んでいる市区によくこんな立派な、幅の広い町があるが、ここの通・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞが、靄のようになって立ち籠めているようだ。何処の家でも今燈火を点けている。そうすると狭い壁と壁との間に迷・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・書簡に曰く一春風馬堤曲余幼童之時春色清和の日には必ず友どちとこの堤上にのぼりて遊び候水には上下の船あり堤には往来の客ありその中には田舎娘の浪花に奉公してかしこく浪花の時勢粧に倣い髪かたちも妓家の風情をまなび○伝しげ太夫の心中のう・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その時は僕はもうまわるのをやめて、少し下に降りて見ていたがね、さっきの水の中にいた鮒やなまずが、ばらばらと往来や屋根に降っていたんだ。みんなは外へ出て恭恭しく僕等の方を拝んだり、降って来た魚を押し戴いていたよ。僕等は竜じゃないんだけれども拝・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・彼等は、往来を見ながらそこの小さい店で紅茶とサンドウィッチを食べた。 二 陽子が、すっかり荷物を持って鎌倉へ立ったのは、雪が降った次の日であった。春らしい柔かい雪が細い別荘の裏通りを埋め、母衣に触った竹の枝から・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕けています、それは nervosit です」と云った。しかし木村は格別それを不幸にも感じていないらしい。 夕立のあとはまた小降になって余り涼しくもならない。 十・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・それからわたくしが料理屋の門口から往来へ出て、辻馬車を雇おうと思いますと、あなたが出し抜けにわたくしの側へ現れておいでなすったのですね。男。ええ。そうでした。貴夫人。そして内へ送って往ってやろうとおっしゃったのですね。男。ええ。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫