・・・そべった姿を見せたことがないというくらい厳格な人だったらしいから、書見をされる時も恐らく端坐しておられたことであろうと思われるが、僕は行儀のわるいことに、夜はもちろん昼でも寝そべらないと本が読めない。従って赤鉛筆で棒を引いたり、ノートに抜き・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・の看板を掛けているのだが、偏屈なのと、稽古が無茶苦茶にはげし過ぎるので、弟子は皆寄りつかなくなって、従って収入りも尠かったのである。 ヴァイオリンなぞ艶歌師の弾くものだと思いこんでいた親戚の者たちは、庄之助に忠告して、「ヴァイオリン・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ それで結極のべつ貧乏の仕飽をして、働き盛りでありながら世帯らしい世帯も持たず、何時も物置か古倉の隅のような所ばかりに住んでいる、従ってお源も何時しか植木屋の女房連から解らん女だ、つまり馬鹿だとせられていたのだ。 磯吉の食事が済むと・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 従って魔法を分類したならば、哲学くさい幽玄高遠なものから、手づまのような卑小浅陋なものまで、何程の種類と段階とがあるか知れない。 で、世界の魔法について語ったら、一月や二月で尽きるわけのものではない。例えば魔法の中で最も小さな一部・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・の安心で、大戸の中の潜り戸とおぼしいところを女に従って、ただ只管に足許を気にしながら入った。女は一寸復締りをした。少し許りの土間を過ぎて、今宵の不思議な運を持来らした下駄と別れて上へあがった。女は何時の間に笠を何処へ置いたろう、これに気付い・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・経て漸く大悟徹底し、爾後四十年間、衆生を化度した、釈尊も八十歳までの長い間在世されたればこそ、仏日爾く広大に輝き渡るのであろう、孔子も五十にして天命を知り、六十にして耳順がい、七十にして心の欲する所に従って矩を踰えずと言った、老るに従って益・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・世間にはこの目標を目障りだと言って見まいとするものもあるが、自分にはどうしても見えると言う方が正直としか思われない。従って今のところ、もし私の知識で人生の理想標榜というようなものを立てよというなら、まずさしあたりこれを持って来る。人生の理想・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・今迄は、かの流行作家も、女房の行く跡を、飢餓の狼のようについて歩いて、女房が走ると自分も走り、女房が立ちどまると、自分も踞み、女房の姿態と顔色と、心の動きを、見つめ切りに見つめていたので、従ってその描写も、どきりとするほどの迫真の力を持つこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ アインシュタインの考えでは、若い人の自然現象に関する洞察の眼を開けるという事が最も大切な事であるから、従って実科教育を十分に与えるために、古典的な語学のみならず「遠慮なく云えば」語学の教育などは幾分犠牲にしても惜しくないという考えらし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・『たけくらべ』や『今戸心中』のつくられた頃、東京の町にはまだ市区改正の工事も起らず、従って電車もなく、また電話もなかったらしい。『今戸心中』をよんでも娼妓が電話を使用するところが見えない。東京の町々はその場処場処によって、各固有の面目を・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫