・・・いくら気の勝った女でも、得物がなければ仕方がありません。わたしはとうとう思い通り、男の命は取らずとも、女を手に入れる事は出来たのです。 男の命は取らずとも、――そうです。わたしはその上にも、男を殺すつもりはなかったのです。所が泣き伏した・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ とわッとばかりに泣出しざま、擲たれたらんかのごとく、障子とともに僵れ出でて、衝と行き、勝手許の暗を探りて、渠は得物を手にしたり。 時彦ははじめのごとく顔の半ばに夜具を被ぎ、仰向に寝て天井を眺めたるまま、此方を見向かんともなさずして・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・風が激しいので得物も多いかして、たくさん背中にしょったままなおもあたりをあさっている様子です。むつまじげに話しながら、楽しげに歌いながら拾っています、それがいずれも十二三、たぶん何村あたりの農家の子供でしょう。 私はしばらく見おろしてい・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・だんだん得物の増して行くのをのぞき込んで、頬を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔をする。争われぬ母の面影がこの無邪気な顔のどこかのすみからチラリとのぞいて、うすれかかった昔の記憶を呼び返す。「おとうさん、大きなどんぐり、こいも/\/\/\/\・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
出典:青空文庫