・・・上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井より取り風通しは一種の工夫をもって差支なき様致す仕掛に候えば出来上り候上は仮令天下の鶏共一時に鬨の声を揚げ候とも閉口仕らざる積に御座候」 かくのごとく予期せられたる・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・にもかかわらず、今日までこういう、即ち弁論部の御招待に預って、諸君の前に立った事は御座いませんでした。尤も御依頼も御座いませんでした。また遣る気もありませんでした。ただ今私を御紹介下さった速水君は知人であります。昔は御弟子で今は友達――いや・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・宿料は一週三十三円に御座候。あるいは御気に召さぬかと存じ候えども、御出被下候えば喜こんで室々御案内可仕候、敬具」。飯を食いながら呼鈴を押して宿の神さんを呼んだ。「とうとうあなたの方へ行く事にしましたよ。一週三十三円の下宿料なんかとうてい我輩・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・』『ああ、能う御座えますよ。』 二人はもう何も云う事がなくなった様に、互に顔を見てお居ででしたが、女の人は急に思出した様に、抱いて居た赤さんの顔を夫へお見せでして、『此子はお前さんの顔を覚えられねえけんど、お前さんは此子の顔を能く覚・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・これを要するに、今の紳士も学者も不学者も、全体の言行の高尚なるにかかわらず、品行の一点においては、不釣合に下等なる者多くして、俗言これを評すれば、御座に出されぬ下郎と称して可なるが如し。花柳の間に奔々して青楼の酒に酔い、別荘妾宅の会宴に出入・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・その通知には、本人の幸福のため廃嫡して結婚致させたるものに御座候という文面が添えがきされていた。 慈悲ある親は、戸主になる可愛い娘の幸福のためには、敢て廃嫡して結婚させてやるような複雑な何ものかが、日本の女の戸主の社会的な条件にこもって・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
一 荒漠たる秋の野に立つ。星は月の御座を囲み月は清らかに地の花を輝らす。花は紅と咲き黄と匂い紫と輝いて秋の野を飾る。花の上月の下、潺湲の流れに和して秋の楽匠が技を尽くし巧みを極めたる神秘の声はひびく。遊子茫然としてこの境にたたず・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫