・・・もしこれから何か御用がおありなさるなら、その男をお使い下さるようにお願い申します。確かな男でございます。」 おれの考えは少々違っていた。果せるかな、使は包みを一つ取り出して、それをおれに渡すのである。 門番はこう云った。「勲章でござ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・領事館御用の洗濯屋さんだからかと思ったが、電車通りを歩いていると、露文字の看板は外にも二つ見付かった。昔長崎を見物した時に見た露文の看板の記憶が甦って来るのを感じた。 とある町角で妙な現象を見た。それは質屋で質流れの衣類の競売をしている・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・「こんちはァ、こんにゃく屋ですが、御用はありませんか」 一二度買ってくれた家はおぼえておいて、台所へいってたずねたりする。 しかし売れないときは、いつまで経っても荷が減らない。もう夕方だから早く廻らないと、どこの家でも夕飯の仕度・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・「先生、何の御用で御座います。」「怪しからん、庭に狐が居る、乃公が弓を引いた響に、崖の熊笹の中から驚いて飛出した。あの辺に穴があるに違いない。」 田崎と抱車夫の喜助と父との三人。崖を下りて生茂った熊笹の間を捜したが、早くも出勤の・・・ 永井荷風 「狐」
・・・「何か急な御用なんですか」と御母さんは詰め寄せる。別段の名案も浮ばないからまた「ええ」と答えて置いて、「露子さん露子さん」と風呂場の方を向いて大きな声で怒鳴って見た。「あら、どなたかと思ったら、御早いのねえ――どうなすったの、――何・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ もとよりこれがために栄誉を博したるにあらず、人情一般、西洋の事物を穢なく思う世の中に、この穢なき事を吟味するは洋学者に限るとして利用せられたるその趣は、皮細工に限りてえたに御用をこうむりたるの情に異ならざりしといえども、えたにても非人・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・あなたはあんまり御用がおありになって、あんまり人に崇拝せられていらっしゃるのですもの。あなたが次第に名高くおなりになるのを、わたくしは蔭ながら胸に動悸をさせて、正直に心から嬉しく存じて傍看いたしていました。それにひっきりなしに評判の作をお出・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜の灯の下であの雑誌を読み、せめてそこから日本軍の勝利を信じるきっかけをみつけ出そうとしていた日本の数十万の婦人たちは、なにも軍部の侵略計画に賛成していた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・木村ですが、なんの御用ですか。」「木村先生ですか。お呼立て申して済みません。あの応募脚本ですが、いつ頃御覧済になりましょうか。」「そうですなあ。此頃忙しくて、まだ急には見られませんよ。」「さようですか。」なんと云おうかと、暫く考・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「なんの御用ですか」と、娘は厳重な詞附きで問うた。 ツァウォツキイは左の手でよごれた着物の胸を押さえた。小刀の痕を見附けられたくなかったのである。そしてもうこの娘を見たから、このまま帰ってもよいのだと心の中に思った。しかし問われて見・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫