・・・そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてたまらないので、むやみにうちわを使っていると、どこからか、「寛恕して頂戴よ」という優しい声が聴える。しかしその声の主はまだ来ないのであった。 一六 ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、彼が軍艦に乗り組んでそこでの生活を目撃しながら、その心眼に最もよく這入ったものは、士官若しくはそれ以上の人々の生活と、その愉快なことゝ、戦争の爽快さであって、下級の水兵の生活は、その関心外にあった。たゞ、僅かに水兵の石炭積みの苦痛が・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下に心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。私はこの事実をわれらの第一義欲または宗教欲の発動とも名づけよう。あるいはこんなことを・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・その場合に、もし研究者の自我がその心眼の明を曇らせるようなことがあると、とんでもない失敗をする恐れがある。そうでない結果をそうだと見誤ったり、あるいは期待した点はそのとおりであっても、それだけでなくほかにいろいろもっと重大な事実が眼前に歴然・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ 絶えず心眼にうとましい敵の姿をうかべて、影の多い心になるのを厭うたからではないか。 キリストは自己のために万人を救うたのだと云うたワイルドの言を正しいと思う。 彼の最も清浄な、涙組むまで美くしい心のあふれ出た「獄中記」の中で、・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・眼光紙背に徹すとか、心眼とか。あなたの眼力には恐れいったと叩頭するとき、人は、嘘もからくりも見とおしだ、という事実を承認したわけになる。 プロレタリア文学の理論は、いくつかの点で、文学とその文学の発生する基盤としての社会とのさまざまの関・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫