・・・我輩は不文なる上世の一例に心酔して今日の事を断ぜんとする者に非ず。畢竟するに女大学記者が男尊女卑の主義を張らんとして其根拠なきに苦しみ、纔に古の法なるものを仮り来りて天地など言う空想を楯にし、論法を荘厳にして以て女性を圧倒し、無理にもこれを・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・あたかも東洋の美術に心酔する者が西洋の美術をもってことごとく野卑なりとして貶するがごとし。艶麗、活溌、奇警なるものの野卑に陥りやすきはもとよりしかり。しかれども野卑に陥りやすきをもって野卑ならざるものをも棄つるはその弁別の明なきがゆえなり。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・私はブリティシュ・ミューゼアムで、ブレークの絵を見たときの印象を思い出し、ああいう特殊な世界にあってもとにかく清澄きわまる水色や焔のような紅色やで主観的な美に於ては完成していたブレークを、あんなに心酔しているY氏が、こういう重い、建築史から・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・これから出来ようとする気に入りの着物の模様、着て引き立った美くしい自分の姿及び驚きの目を見張るそんな着物を作られない者達のことごとを想像する通りに、そわそわと弾力のある心持で順々に実現されて来る計画に心酔したようになっていたのであった。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・文学と音楽、音楽と絵画と、それぞれの姉妹芸術は、これまでにない深い心酔で互を評価し影響しあった。音楽家のベルリオーズは「チャイルド・ハロルド」や「ファウスト」を主題として交響楽を創り、ドラクロアのアトリエではユーゴオの小唄が口誦まれた。そし・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ わたくしは初め馬琴に心酔して、次で馬琴よりは京伝を好くようになり、また春水、金水を読み比べては、初から春水を好いた。丁度後にドイツの本を読むことになってからズウデルマンよりはハウプトマンが好だと云うと同じ心持で、そう云う愛憎をしたので・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫