・・・物音とてはしんしんと耳の痛む静けさと、時には娯楽室からかすかに上るミヌエットと、患者の咳と、花壇の中で花瓣の上に降りかかる忍びやかな噴水の音ぐらいにすぎなかった。そうして、愛は? 愛は都会の優れた医院から抜擢された看護婦たちの清浄な白衣の中・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・という喧しい宣言のあとで、神を求むる心は忍びやかに人々の胸に育って行く。 キリストの復活を認容することのできなかった物質論は今や人類の常識である。神が七日にして世界を創造したという物語のごときは「物語」以上に何の権威をも持たない。処女懐・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・自分は自分の内の愛を殺戮するために、忍びやかに苦痛を感じてはいなかったろうか。自分は自分の嘲笑や皮肉が人を傷つけ人を怒らせた時、常に「それは自分の欲した所ではなかった」という案外な感に打たれはしなかったか、自分の嘲笑や皮肉をそう深い意味に取・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫