・・・ 武器の押収を命じられていることは、殆んど彼等の念頭になかった。快活らしい元気な表情の中には、ただ、ゼーヤから拾ってきた砂金を掴み取り、肌の白い豊満な肉体を持っているバルシニヤを快楽する、そのことばかりでいっぱいだった。 永井は、ほ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・でも、私は子供らと一緒に働くことを楽しみにして、どんなに離れて暮らしていても、その考えだけは一日も私の念頭を去らなかった。 思いもよらない収入のある話が、この私の前に提供されるようになった。 私たちの著作を叢書の形に集めて、予約・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・そのうちにふと蛇の脱殻が念頭に浮んだ。蛇は自分の皮を脱いで、脱いだ皮を何と見るであろうかと、とんでもないことを考えだした時、初やがやってきて、着換えた着物を持って行った。 今自分は、その蛇が皿を巻いたような丘の小道をぐるぐると下りて行く・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・い、つまり、友人、中村地平が、そのような、きょうの日、ふと三年まえのことを思って、ああ、あのころはよかったな、といても立っても居られぬほどの貴き苦悶を、万々むりのおねがいなれども、できるだけ軽く諸君の念頭に置いてもらって、そうして、その地獄・・・ 太宰治 「喝采」
・・・、でも、それを相手に見破られるのが羞しいので、空の蒼さ、紅葉のはかなさ、美しさ、空気の清浄、社会の混沌、正直者は馬鹿を見る、等という事を、すべて上の空で語り合い、お弁当はわけ合って食べ、詩以外には何も念頭に無いというあどけない表情を努めて、・・・ 太宰治 「犯人」
・・・妻や子供や平和な家庭のことを念頭に置かぬではないが、そんなことはもう非常に縁故が遠いように思われる。死んだ方が好い? 死んだら、妻や子はどうする? この念はもうかすかになって、反響を与えぬほどその心は神経的に陥落してしまった。寂しさ、寂しさ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・それで肺炎から結核になろうと、なるまいと、そんな事は念頭にも置かなかった。肺炎は必ずなおると定ったわけでもなし、一つ間違えば死ぬだろうに、あの時は不思議に死と云う事は少しも考えなかったようである。自分は夭死するのだなと思った事はあったが、死・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ こういうふうに、連句というものの文学的芸術的価値ということを全然念頭から駆逐してしまって統計的心理的に分析を試みることによって連句の芸術的価値に寸毫も損失をきたすような恐れのないことは別に喋々する必要はないであろうと思われる。繰り返し・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・において作者が念頭に置かない一般の情勢であったこと、それらが私たちの心をまじめな感想にひきこむのである。 種々のゆがみをもちつつ、献身的な努力でともかく今日まで押しすすめられて来た運動の段階にあって、私たちは大きい成果の上に生きていると・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・しかし彼は村の神社の集りへ出て、鉈をふった平次郎は念頭においたが、三次が集りに来ているかいないかさえ問題にしていない。 同時に、その部落と彼との関係はどこまでも、「僕」「彼ら」あるいは「百姓たち」という関係におかれ、しかも「実行運動」に・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫