・・・人が思考する瞬間、行為する瞬間に、立ち現われた明確な現象で、人力をもってしてはとうてい無視することのできない、深奥な残酷な実在である。七 我らはしばしば悲壮な努力に眼を張って驚嘆する。それは二つの道のうち一つだけを選み取って・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・児童を中心とする文学は、それ自からの中に児童の世界を展開し、生活し、観察し、思考することより描かれたものでなければならぬ。児童の心理は一脈共通するところがあり、これによって反省し、自覚し、また批判をなすのであります。従って、これらの文学より・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・この作品の作られる一九三八年にはまだエグジスタンシアリスムの提唱はなかったが、しかし、人間を醜怪、偶然と見るサルトルの思想は既にこの作品の背景となっており、最も思考する小説でありながら、いかなる思想も背景に持たず最も思考しない日本の最近の小・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・こんななかでは思考することさえできない。何が在るかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことができよう。勿論われわれは摺足でもして進むほかはないだろう。しかしそれは苦渋や不安や恐怖の感情で一ぱいになった一歩だ。その一歩を敢然と踏み出すた・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・甲の心は書中に奪われ、乙は何事か深く思考に沈んでいる。 暫時すると、甲は書籍を草の上に投げ出して、伸をして、大欠をして、「最早宿へ帰ろうか。」「うん」と応たぎり、乙は見向きもしない。すると甲は巻煙草を出して、「オイ君、燐寸を・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・すなわちあの時はただ愛、ただ感ありしのみ、他に思考するところの者を藉り来たりて感興を助くるに及ばざりしなり。されどかの時はすでに業に過ぎ逝きたり。 しかもわれはこの経過を唸かず哀しまざるなり。われはこの損失を償いて余りある者を得たり。す・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・しかし因果律は先験的な精神の法則であって、これに従わずに思考することはわれわれにはできない。それなら非決定的の自由とは思考ではなく、その放棄であろうか。 ニコライ・ハルトマンはこの点に触れて、カントの「積極的自由」の思想をあげて、その功・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ われわれはインテリゼンスの階層である読書青年が今その旺盛な知識欲をもって、その知的胃腑を満たし、また思考力を操練せねばならないとき、知性の拡充よりもその揚棄を先きに説かんと欲するものではない。しかしながら知性そのものにもその階層がある・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・生活の基本には、そんな素朴な命題があって、思考も、探美も、挨拶も、みんなその上で行われているもので、こんなに毎晩毎晩、同じように、寝そべりながら虚栄の挨拶ばかり投げつけ合っているのは、ずいぶん愚かな、また盲目的に傲慢な、あさましいことではな・・・ 太宰治 「花燭」
・・・からだがちがっているのと同様に、その思考の方法も、会話の意味も、匂い、音、風景などに対する反応の仕方も、まるっきり違っているのだ。女のからだにならない限り、絶対に男類には理解できない不思議な世界に女というものは平然と住んでいるのだ。君は、た・・・ 太宰治 「女類」
出典:青空文庫