・・・しかし目や口はともかくも、この鼻というものは妙に恐ろしい気を起こさせるものです。僕はもちろんできるだけ、だれにも会わない算段をしました。が、我々人間にもいつか次第に慣れ出したとみえ、半年ばかりたつうちにどこへでも出るようになりました。ただそ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・大きな声を出す事が何んとなく恐ろしかった。恐ろしいばかりではない、声を出す力さえなかった。そして跛脚をひきひきまた返って来た。 彼らは眠くなるほど疲れ果てながらまた三町ほど歩かねばならなかった。そこに下見囲、板葺の真四角な二階建が外の家・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・奥さんのような、かよわい女のためには、こんな態度の人に対するのは、随分迷惑な恐ろしいわけである。しかしフレンチの方では、神聖なる義務を果すという自覚を持っているのだから、奥さんがどんなに感じようが、そんな事に構まってはいられない。 とこ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ ですから、死のうと思い、助かりたい、と考えながら、そんな、厭な、恐ろしい濠端を通ったのも、枢をおろして寝なすった、貴女が必ず助けてくれると、それを力にしたんです。お庇で活きていたんですもの、恩人でなくッてさ、貴女は命の親なんですよ。」・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・薄暗く曇った夕暮の底に、濁水の溢れ落つる白泡が、夢かのようにぼんやり見渡される。恐ろしいような、面白いような、いうにいわれない一種の強い刺戟に打たれた。 遠く亀戸方面を見渡して見ると、黒い水が漫々として大湖のごとくである。四方に浮いてる・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・赤錆だらけの牡蠣殻だらけのボロ船が少しも恐ろしい事アないが、それでも逃がして浦塩へ追い込めると士気に関係する。これで先ず一段落が着いた。詳報は解らんが、何でもよっぽど旨く行ったらしい……」とちょっと考えて「事に由るとロスの奴、滅茶々々かも解・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・波が荒いし、恐ろしい風が吹く、また、深い海の中には魔物がすんでいて、通る船を覆してしまう。だれも、まだその島にいったものがないが、島には、人間が住んでいるということだ。また幸福の島の女は、天使のように美しいということだ。昔から、その島へいっ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・と新造が横から引き取って、「一体その娘の死んだ親父というのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上を奇麗に飲み潰してしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をお母と二人きりで、少さい時からなかなか苦労をし尽して来たんだからね。並み・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・見ると右の手の親指がキュッと内の方へ屈っている、やがて皆して、漸くに蘇生をさしたそうだが、こんな恐ろしい目には始めて出会ったと物語って、後でいうには、これは決して怨霊とか、何とかいう様な所謂口惜しみの念ではなく、ただ私に娘がその死を知らした・・・ 小山内薫 「因果」
・・・ ルーマニヤを通る時は、百何十度という恐ろしい熱天に毎日十里宛行軍したッけが、其時でさえ斯うはなかった。ああ誰ぞ来て呉れれば好いがな。 しめた! この男のこの大きな吸筒、これには屹度水がある! けれど、取りに行かなきゃならぬ。さぞ痛む事・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫