・・・わあと叫んで、そこらをくるくると走り狂いたいほど、恥ずかしい。下手くそなのだ。私には、まるで作家の資格が無いのだ。無智なのだ。私には、深い思索が何も無い。ひらめく直感が何も無い。十九世紀の、巴里の文人たちの間に、愚鈍の作家を「天候居士」と呼・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・おセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。 けれども船室の隅に、死んだ振りして寝ころんで、私はつくづく後悔していた。何しに佐渡へ行くのだろう。何をすき好んで、こんな寒い季節に、もっともらしい・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・私でさえこんなに恥ずかしいのだから、御両親の恥ずかしさは、くるしさは、どんなであろう。 権威を以て命ずる。死ぬるばかり苦しき時には、汝の母に語れ。十たび語れ。千たび語れ。 千たび語りても、なお、母は巌の如く不動ならば、――ば・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・「こんなに、丈ばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。そろそろ、実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が出来ないの。みんなは、葦だと思うでしょう。やぶれかぶれだわ。トマトさん、ちょっと寄りかか・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・わたくしも、そう言われて、はじめて、ああそうだったと気がついて、お恥ずかしい、わが子ながら、両手合せて拝みたいほどでございました。嘘、とはっきり知りながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道歩いて、わたくしたち親子三人、信濃の奥まで、まいりました・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・全身が震えて恥ずかしい程だった。みんなに感謝したかった。私が市場のラジオの前に、じっと立ちつくしていたら、二、三人の女のひとが、聞いて行きましょうと言いながら私のまわりに集って来た。二、三人が、四、五人になり、十人ちかくなった。 市場を・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・読んでいるうちに、自分のことを言われたような気がして恥ずかしい気にもなる。それに書く人、人によって、ふだんばかだと思っている人は、そのとおりに、ばかの感じがするようなことを言っているし、写真で見て、おしゃれの感じのする人は、おしゃれの言葉遣・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 最後の一句に、僕は浮かれてしまったのだ。恥ずかしい事である。その頃、僕の小説も、少し売れはじめていたのである。白状するが、僕はその頃、いい気になっていた。危険な時期であったのである。ふやけた気持でいた時、草田夫人からの招待状が来て、あ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・実に、恥ずかしい記憶である。 また私が、五年まえに盲腸を病んで腹膜へも膿がひろがり、手術が少しややこしく、その折に用いた薬品が癖になって、中毒症状を起してしまい、それをなおそうと思って、水上温泉に行き、二、三日は神に祈ってがまんをしたが・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・あのくらいのうちは恥ずかしいんだろう、と思うとたまらなくかわいくなったらしい。見ぬようなふりをして幾度となく見る、しきりに見る。――そしてまた眼をそらして、今度は階段のところで追い越した女の後ろ姿に見入った。 電車の来るのも知らぬという・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫