・・・これまでのこの男の情事は皆この方面のものに過ぎなかった。それがもう十年このかたの事である。 ピエエル・オオビュルナンはそんな風にこれまで相手にした女とまるで違ったマドレエヌに逢って、今度こそどんな心持がするか経験してみようと思っている。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・彼は、人間性の課題としての性の解放を、上流の男女の冷淡で偽善的な情事や打算のある放恣と、はっきり区別しないではいられなかった。この人生において、単純率直に求めるものを求めて行動し、そこに精神と肉体との分裂をもたない人物。そういう男性をローレ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 見世物小屋の楽屋で、林之助の噂をする時、菓子売の勘蔵に林之助の情事を白状させようと迫る辺、まして、舞台で倒れた後に偶然来た林之助を捉えて、燃えるような口惜しさ、愛着を掻口説く時、お絹は、確に、もう少し余情を持つべきであった。意志の不明・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 彼は絶えずけちな情事ばかり追い廻していると云うので、皆の物笑いになっている独り者の男であった。羅紗を売るのを口実にして、よその細君のところへ入り込むことも有名だ。マリーナ・イワーノヴナは、彼がどんな女にでも惚れるのを馬鹿にしながら、憎・・・ 宮本百合子 「街」
・・・偶々外的の関係は教師と生徒であっても、本能の発露は村の若衆と小娘との情事めいています。 男の先生と女の生徒との間には、同性間に見られない特殊な雰囲気の生ずることは誰でも知っていることで、その最も美しい例を私共は、聖フランシスと聖クララと・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・『地下一尺集』の諸篇はこの多情な、自然及び芸術との「情事」の輝かしい記録である。伊豆の海岸。江戸。京、大阪。長崎。奈良。北京。徐州。洛陽。(ここで彼は東洋人になる。東京の裏街で昔の江戸の匂いを嗅これらの郷土の風景と住民と芸術との一切が、ここ・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫