・・・とあの文章との間には、それぞれに偽りでないこの作家の一つの情感が貫き流れている。けれども、それは一人の作家を貫いて、あちらとこちらに流露している人間的情感としてだけ止るのだろう。中野重治の「五勺の酒」に含まれている多くの問題は、彼の『議会演・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・もっと勉強したいという心は、世俗にすりへった成人の情感が忘れているばかりか、傍からもせき立てられて大学を終り役人になった人々の思いやることも出来ないような瑞々しさと鋭さと熱情とをもって少年の魂の命を息づいている。 少年たちが、自身のうち・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・能の、動きの節約そのものの性質のなかには、明らかに日本の中世の社会生活からもたらされた被虐性、情感の表現を内へ追い込む性格が作用していて、しかも、ぎりぎりまで剪りこまれた外面へのあらわれの裡に、精神と情緒のほとばしる極限を表現しようとする芸・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・と語り出されている作者の情感の意味も肯けた。徳川の鎖国の方針が七郎兵衛の運命を幾変転させたばかりでなく、今日の日本の動きにかかわり来っていることも、読者はおのずから行間に会得するだろう。 高木氏の歴史小説への態度には、一つの歩み出した積・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・作者藤村氏が、抒情的な粘着力をもって縷々切々と、この主人公とそれをめぐる一団の人々の情感を語りつつ、時代の力、実利と人間理想とが歴史の波間でいかに猛烈にかみ合い、理想の敗北が箇人的生涯の悲惨として現れるかということを一般人生の姿として冷たく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ロマンティックな情感とともにリアリスティックに、成長的に現実にふれてゆこうとしている幼い作者の努力をくみとることが出来る。 この作品は、作者が年若い少女であったことと、その少女の生活環境にあわして社会的に積極的な取材であったこと、単純だ・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・映画は若い男と女との奔放な交渉を映し出して女学生時代の娘の感受性ばかり鋭い情感を刺戟する。学校は、今の社会の風潮が浮薄であるということだけを強調して、その社会的根源を究明しようとする力は持たず、表面的にそのような世相を反撥して地味な制服を着・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・そして、この言葉から私たちが直感する理性と情感とがとけあってもっとも高い人間性、もっとも複雑な人間社会の諸様相を反映する民主的な文化を意味するならば、日本の私たちの今日の現実のどこにそのような「正しい文化」があるでしょう。まじめな人びとは、・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・が、多くの読者を惹きつけた原因の第一は、作者のエロティシズムと地方的な色の濃い描写とで描き出された江波という若い娘の矛盾錯綜してゆくところを知らない行動と情感が、ある意味で、所謂人間性の無制約な肯定として現れている当時のヒューマニズムの傾向・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・久しくそれは聞いたこともなかったものだというよりも、もう二度とそんな気持を覚えそうもない、夕ごころに似た優しい情感で、温まっては滴り落ちる雫くのような音である。初めて私がランプを見たのは、六つの時、雪の降る夜、紫色の縮緬のお高祖頭巾を冠った・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫