・・・かくありて後と、あらぬ礎を一度び築ける上には、そら事を重ねて、そのそら事の未来さえも想像せねばやまぬ。 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔を蹴返す時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・哲学には論理的能力のみならず、詩人的想像力が必要である、そういう能力があるか否かは分らないといわれるのである。理においてはいかにも当然である、私もそれを否定するだけの自信も有ち得なかった。しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・を詩人にした。 今、第三金時丸は、その島々を眺めながらよろぼうていた。 コーターマスターは、「おもて」へ入った。彼は、騒がしい「おもて」を想像していた。 おもての中は、然し、静かであった。彼は暫く闇に眼を馴らした後、そこに展・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・弟も妹も平田から聞いていた年ごろで、顔つき格向もかねて想像していた通りで、二人ともいかにも可愛らしい。妹の方が少し意地悪ではないかと思ッていたことまでそのままで、これが少し気に喰わないけれども、姉さん姉さんと慕ッてくれて、東京風に髪を結ッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・之に処するに智恵を要するは無論、その緻密微妙の辺に至りては、口以て言う可らず、筆以て記す可らず、全く婦人の方寸に存することにして、男子の想像にも叶わず真似も出来ぬことなり。是等の点より見れば男子は愚なり智恵浅きものなりと言わざるを得ず。され・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ら、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分は原文の妙を想像する事が出来やせんか、と斯う思って、・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・そこで時々想像力を強大にする策を講ぜなくてはならない。それには苟くも想像力にうぶな、原始的な性能を賦し、新しい活動の強みを与えるような偶然の機会があったら、それを善用しなくてはならないと云うのである。 しかるにこのイソダンの消印のある手・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・今度は故郷の三津を想像して、波打ち際で、別を惜むことにしようと思うたがそれもいえず。遂に「見送るや酔のさめたる舟の月」という句が出来たのである。誠に振わぬ句であるけれど、その代り大疵もないように思うて、これに極めた。 今まで一句を作るに・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・最も想像に困難なのは、豚が自分の平らなせなかを、棒でどしゃっとやられたとき何と感ずるかということだ。さあ、日本語だろうか伊太利亜語だろうか独乙語だろうか英語だろうか。さあどう表現したらいいか。さりながら、結局は、叫び声以外わからない。カント・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫