・・・ 今日こそ何んでも、という意気込みであった。 さて、その事を話し出すと、それ、案の定、天井睨みの上睡りで、ト先ず空惚けて、漸と気が付いた顔色で、「はあ、あの江戸絵かね、十六、七年、やがて二昔、久しいもんでさ、あったっけかな。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・旧家が、いつか世が成金とか言った時代の景気につれて、桑も蚕も当たったであろう、このあたりも火の燃えるような勢いに乗じて、贄川はその昔は、煮え川にして、温泉の湧いた処だなぞと、ここが温泉にでもなりそうな意気込みで、新館建増しにかかったのを、こ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ て』冷かしてやったんけど大した意気込みで不平を云うとって、取り合わん。『こないなことなら、いッそ、割腹して見せてやる』とか、『鉄砲腹をやってやる』とか、なかなか当るべからざる勢いであったんや。然し、いよいよ僕等までが召集されることになって・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 僕は友人を連れて復讐に出かけるような意気込みになった。もっとも、酒の勢いが助けたのだ。 朝の八時近くであったから、まだ菊子のお袋もいた。「先生、済まない御無沙汰をしていまして――一度あがるつもりですが」と、挨拶をするお袋の言葉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・若い時分には、二三万円の金をためる意気込みで、喰い物も、ろくに食わずに働き通した。併し、彼は最善を尽して、よう/\二千円たまったが、それ以上はどうしても積りそうになかった。そしてもう彼は人生の下り坂をよほどすぎて、精力も衰え働けなくなって来・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・熊本君は、佐伯の急激に高揚した意気込みに圧倒され、しぶしぶ立って、「僕は事情をよく知らんのですからね、ほんのお附合いですよ。」「事情なんか、どうだっていいじゃないか。僕の出発を、君は喜んでくれないのか? 君は、エゴイストだ。」「いや・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・郷土の名を、わが空拳にて日本全国にひろめ、その郷土の名誉を一身に荷わんとする意気込みが無ければ、とても自身の生れた所の名を、家の屋号になど、出来るものではありません。むかし、紀の国屋文左衛門という人も、やはり、そのような意気込みを以て、紀の・・・ 太宰治 「砂子屋」
・・・ 家内には、私のその時の思いつめた意気込みの程が、わからない。よく説明してやろうかと思ったが、面倒臭かった。「仙台平、」と、とうとう私まで嘘をついて、「仙台平のほうが、いいのだ。こんなに雨が降っているし、セルならば、すぐよれよれにな・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・もやって居りまして、炎天下あせだくになって、東京市中を走りまわり、行く先々で乞食同様のあつかいを受け、それでも笑ってぺこぺこ百万遍お辞儀をして、どうやら一円紙幣を十枚ちかく集める事が出来て、たいへんな意気込みで家へ帰ってまいりましたが、忘れ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・発表の当時こそ命かけての意気込みもあったのであるが、結果からしてみると、私はただ、ジャアナリズムに七篇の見本を提出したに過ぎないということになったようである。私の小説に買い手がついた。売った。売ってから考えたのである。もう、そろそろ、ただの・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫