・・・色の白い、優しい目をした、短い髭を生やしている、――そうさな、まあ一言にいえば、風流愛すべき好男子だろう。」「若槻峯太郎、俳号は青蓋じゃないか?」 わたしは横合いから口を挟んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日前、一しょ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・その上僕は妻を愛そうと思っていても、妻の方ではどうしても僕を愛す事が出来ないのだ、いやこれも事によると、抑僕の愛なるものが、相手にそれだけの熱を起させ得ないほど、貧弱なものだったかも知れない。だからもし妻と妻の従弟との間に、僕と妻との間より・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・の歎きをする久米、――そう云う多感多情の久米の愛すべきことは誰でも云う。が、私は殊に、如何なる悲しみをもおのずから堪える、あわれにも勇ましい久米正雄をば、こよなく嬉しく思うものである。 この久米はもう弱気ではない。そしてその輝かしい微苦・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・ 二十年余りの閑日月は、少将を愛すべき老人にしていた。殊に今夜は和服のせいか、禿げ上った額のあたりや、肉のたるんだ口のまわりには、一層好人物じみた気色があった。少将は椅子の背に靠れたまま、ゆっくり周囲を眺め廻した。それから、――急にため・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が、豊島の人間にある愛す可き悪党味は、その芸術からは得られない。親しくしていると、ちょいと人の好い公卿悪と云うような所がある。そうしてそれが豊島の人間に、或「動き」をつけている。そう云う所を知って見ると、豊島が比較的多方面な生活上の趣味を持・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・ 大阪人はユーモアを愛す。ユーモアを解す。ユーモアを創る。たとえば法善寺では「めをとぜんざい」の隣に寄席の「花月」がある。僕らが子供の頃、黒い顔の初代春団治が盛んにややこしい話をして船場のいとはんたちを笑わせ困らせていた「花月」は、今は・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者、衛士たり。 ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・この二つの熱情の相剋するところに学窓の恋の愛すべき浪曼性があるのである。 かようにして私は真摯な熱情をもって、学びの道にある青年の、しかも理想主義の線にそっての恋愛について説きたいのである。すでに女を知ってしまった中年のリアリストの恋愛・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・けれど、これと同時に多くのとうとぶべく、敬すべく、愛すべき善良・賢明の人が死刑に処せられたのも、事実である。そして、はなはだ尊敬すべき善人ではなくとも、またはなはだ嫌悪すべき悪人でもない多くの小人・凡夫が、あやまって時の法律にふれたために―・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 死刑が極悪・重罪の人を目的としたのは固よりである、従って古来多くの恥ずべく忌むべく恐るべき極悪・重罪の人が死刑に処せられたのは事実である、左れど此れと同時に多くの尊むべく敬すべく愛すべき善良・賢明の人が死刑に処せられたのも事実である、・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫