・・・心して尋ね歩めばむかしのままなる日本固有の風景に接して、伝統的なる感興を催すことが出来ないでもない。 わたくしは日々手籠をさげて、殊に風の吹荒れた翌日などには松の茂った畠の畦道を歩み、枯枝や松毬を拾い集め、持ち帰って飯を炊ぐ薪の代りにし・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 遊里の光景と風俗とは、明治四十二、三年以後にあっては最早やその時代の作家をして創作の感興を催さしむるには適しなくなったのである。何が故に然りというや。わたくしは一葉柳浪鏡花等の作中に現れ来る人物の境遇と情緒とは、江戸浄瑠璃中のものに彷・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・それと同じ理由から、わたくしは日本語に翻訳せられた西洋の戯曲と、殊に歌謡の演出に対して感興を催すことの甚困難であることを悲しむものである。 帝国劇場のオペラは斯くの如くして震災後に到っては年々定期の演奏をなすようになった。最初の興行より・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・それにも関わらず、これに対して鑑賞の眼を恣にすると、それぞれに一種の理想をあらわしている、すなわち画家の人格を示している、ために大なる感興を引く事が多いのであります。たとえば一線の引き方でも、勢いがあって画家の意志に対する理想を示す事もでき・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・という献辞のついたこの旅行記は、日本語に翻訳されている部分だけでも、ふかい感興をうごかされ、エヴの公平な理解力と人間としての善意にうたれる。 エリカ・マンの各国巡業、エヴの戦時中の旅行。それらはどれもすべて、民主主義と、平和と、民族自立・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・では、素朴な古代人の感情、行動、近東の絵画的風俗などに少なからず作者の感興がよせられている。エクゾチシズムが濃い。しかしテーマは、古代ペルシアの王と諸公の運命を支配していた封建的な関係。同じ社会的な条件で、その愛も全うされなかった男女、その・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・そこから出発して宗達は賢くも、樹木、流木、岩や山などの自然又は橋、船、車、家屋というような建造物を先ず様式化し、生きている人間が示す感興つきない様々の姿態はそのままの血のぬくみをもって、簡明にされた背景の前に浮きたたせたと思える。 そう・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・子供に交って遊んだ初から大人になって社交上尊卑種々の集会に出て行くようになった後まで、どんなに感興の湧き立った時も、僕はその渦巻に身を投じて、心から楽んだことがない。僕は人生の活劇の舞台にいたことはあっても、役らしい役をしたことがない。高が・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・しかし『慈悲光礼讃』からは何の感興をも受けない。むしろ池の面に浮かんだ魚の姿を滑稽にさえも思う。 小林古径氏が『いでゆ』によって僕の問題に与える答案は、はるかに興味の多いものである。この画は場中最も色の薄いもので、この点では竜子氏の画と・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・ベルナアルの椿姫、カインツのロミオ、ムネのハムレットなどは幾度見ても飽かない、見るたびごとに新鮮な感興が起こる。しかるにデュウゼのは四五度以上同じ物を見ると感興が薄らいでしまう。デュウゼの芸には解すべからざる秘密がある。 バアルはこの秘・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫