・・・としよりがその始末なので、若い者は尚の事、遊び馴れて華奢な身体をして居ます。毎日朝から、いろいろ大小の与太者が佐吉さんの家に集ります。佐吉さんは、そんなに見掛けは頑丈でありませんが、それでも喧嘩が強いのでしょうか、みんな佐吉さんに心服してい・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・鞭を持っていたのは、慣れない為事で草臥れた跡で、一鞍乗って、それから身分相応の気晴らしをしようと思ったからである。 その晩のうちにチルナウエルは汽船に乗り込んで、南へ向けて立った。最初に着く土地はトリエストである。それから先きへ先きへと・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・あるいは大多数の人は因襲的の妥協に馴れて別にどうしようとも思わなかった。力学の教科書はこの急所に触れないように知らん顔をしてすましていた。それでも実用上の多くの問題には実際差支えがなかったのである。ところが近代になって電子などというものが発・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・竹細工の仕事は幼少から馴れていた。せんで竹の皮をむき、ふしの外のでっぱりをけずり、内側のかたい厚みをけずり、それから穴をあけて、柄をつけると、ぶかっこうながら丈夫な、南九州の農家などでよくつかっている竹びしゃくが出来あがる。朝めし前からかか・・・ 徳永直 「白い道」
・・・それらはいずれもわたくしが学生のころ東京の山の手の町で聞き馴れ、そしていつか年と共に忘れ果てた懐しい巷の声である。 夏から秋へかけての日盛に、千葉県道に面した商い舗では砂ほこりを防ぐために、長い柄杓で溝の水を汲んで撒いていることがあるが・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・これより両家の間は長く中絶えて、ウィリアムの乗り馴れた栗毛の馬は少しく肥えた様に見えた。 近頃は戦さの噂さえ頻りである。睚眦の恨は人を欺く笑の衣に包めども、解け難き胸の乱れは空吹く風の音にもざわつく。夜となく日となく磨きに磨く刃の冴は、・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・そのため道のおぼえが悪く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ迷児になってしまった。その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりす・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・私は入口に佇んでいたが、やがて眼が闇に馴れて来た。何にもないようにおもっていた室の一隅に、何かの一固りがあった。それが、ビール箱の蓋か何かに支えられて、立っているように見えた。その蓋から一方へ向けてそれで蔽い切れない部分が二三尺はみ出してい・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・しかしほどなく目が闇に馴れた。数日前から夜ごとに来て寝る穴が、幸にまだ誰にも手を附けられずにいると云うことが、ただ一目見て分かった。古い車台を天井にして、大きい導管二つを左右の壁にした穴である。 雪を振り落してから、一本腕はぼろぼろにな・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・抑も東洋西洋等しく人間世界なるに、男女の関係その趣を異にすること斯の如くにして、其極日本に於ては青天白日一妻数妾、妻妾同居漸く慣れて妻と妾と親しむと言う。畢竟するに其親愛が虚偽にもせよ、男子が世にもあられぬ獣行を働きながら、婦人をして柔和忍・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫