・・・「いや、いや、隠居の儀なら、林右衛門の成敗とは変って、相談せずとも、一門衆は同意の筈じゃ。」 修理、こう云って、苦々しげに、微笑した。「さようでもございますまい。」 宇左衛門は、傷しそうな顔をして、修理を見た。が、相手は、さ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・武士たるものは、不義ものを成敗するはかえって名誉じゃ、とこうまで間違っては事面倒で。たって、裁判沙汰にしないとなら、生きておらぬ。咽喉笛鉄砲じゃ、鎌腹じゃ、奈良井川の淵を知らぬか。……桔梗ヶ池へ身を沈める……こ、こ、この婆め、沙汰の限りな、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・御相図と承わり、又御物ごしが彼方様其儘でござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てましても、御引取いただくよう願いまして、然よう致しますれば……」と、今まで泣伏していた間に考えていたものと見えて・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、姫には自害を勧めると、姫は断然その勧告をはねつけて一流の「不義論」を陳述したという話がある。その姫の言葉は「我命をおしむにはあらねども、身の上に不義はなし。人間と生を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・しかして彼らはこの寒さと薄暗さにも恨むことなく反抗することなく、手錠をはめられ板木を取壊すお上の御成敗を甘受していたのだと思うと、時代の思想はいつになっても、昔に代らぬ今の世の中、先生は形ばかり西洋模倣の倶楽部やカフェーの媛炉のほとりに葉巻・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・僅一行の数字の裏面に、僅か二位の得点の背景に殆どありのままには繰返しがたき、多くの時と事と人間と、その人間の努力と悲喜と成敗とが潜んでいる。 従ってイズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・弓矢鎗剣、今の軍器としては無用の長物、唯一種の玩具なれども、昔年は一本の鎗を以て三軍の成敗を決したることあり。昔は利器たり、今は玩具たり。今昔の相違これを名けて人智の進歩時勢の変遷と言う。学者の注意す可き所のものなり。左れば我輩は女大学を見・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 或はいう、王政維新の成敗は内国の事にして、いわば兄弟朋友間の争いのみ、当時東西相敵したりといえどもその実は敵にして敵にあらず、兎に角に幕府が最後の死力を張らずしてその政府を解きたるは時勢に応じて好き手際なりとて、妙に説を作すものあれど・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫