・・・身ぶり素ぶりに出さないのが、ほんとの我が身体で、口へ出して言えないのが、真実の心ですわ。ただ恥かしいのが恋ですよ。――ですがもうその時分から、ヒステリーではないのかしら、少し気が変だと言われました。……貴方、お察し下さいまし。……私は全く気・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 四十歳近い頃の作品と思われるが、その頃に突きあたる絶壁は、作家をして呆然たらしめるものがあるようで、私のような下手な作家でさえ、少しは我が身に思い当るところもないではない。たしか、その頃のことと記憶しているが、井伏さんが銀座からの帰り・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・あんな上品そうな奥さんさえ、こんな事をたくらまなければならなくなっている世の中で、我が身にうしろ暗いところが一つも無くて生きて行く事は、不可能だと思いました。トランプの遊びのように、マイナスを全部あつめるとプラスに変るという事は、この世の道・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・知りつつ、それを我が身の「地位」の保全のために、それとなく利用しているのならば、みっともないぞ。 教養? それにも自信がないだろう。どだい、どれがおいしくて、どれがまずいのか、香気も、臭気も、区別が出来やしないんだから。ひとがいいと言う・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・「人ごとに、我が身にうとき事をのみぞこのめる」云々の条は、まことに自分のような浮気ものへのよい誡めであって、これは相当に耳が痛い。この愚かな身の程をわきまえぬ一篇の偶感録もこのくらいにして差控えるべきであろう。 ある日の午前に日比谷近く・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・かえりみて我が身の出処たる古学社会を見れば、その愚鈍暗黒なる、ともに語るに足るべき者なく、ひそかにこれを目下に見下して愍笑するのみ。その状、あたかも田舎漢が都会の住居に慣れて、故郷の事物を笑うものに異ならず。ますます洋学に固着してますます心・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・ 新に沐する者は必ず冠を弾し、新に浴する者は必ず衣を振うとは、身を重んずるの謂なり。我が身、金玉なるがゆえに、いやしくも瑕瑾を生ずべからず、汚穢に近接すべからず。この金玉の身をもって、この醜行は犯すべからず。この卑屈には沈むべからず。花・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・されば今、私権を保護するは全く法律上の事にして、徳義には縁なきものの如くに見ゆれども、元これを保護せんとするの思想は、円満無欠なる我が身に疵つくるを嫌うの一念より生ずるものなれば、いやしくも内に自ら省みて疚しきものあるにおいては、その思想の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・心理的にどこかで我が身をひいて考える。その心持には、病人がはたの親切をへりくだった感謝でうけるというのとは、おのずからちがって複雑なニュアンスがこもっているのである。 思えば、妻は健かでなければならぬという常識の中に、何と深く動かしがた・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ 我と我が身を雲を突く山の切り崖からなげ出いて目に見えぬほど粉々にくだいてしまいたいほどじゃ。 今までによう味わなんだ、あやまる と云う事を経験せねばならぬ時になったのじゃ。 わしは今まで、あやまる・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫