・・・ 人畜を挙げて避難する場合に臨んでも、なお濡るるを恐れておった卑怯者も、一度溝にはまって全身水に漬っては戦士が傷ついて血を見たにも等しいものか、ここに始めて精神の興奮絶頂に達し猛然たる勇気は四肢の節々に振動した。二頭の乳牛を両腕の下に引・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・そこには同志を求めて、追われ、迫害されて、尚お、真実に殉じた戦士があったか知れない。 彼等は、この憧憬と情熱とのみが、芸術に於て、運動に於て、同じく現実に虐げられ、苦しみつゝある人間を救い得ると信じていた。こゝに、彼等のロマンチシズムが・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・芸術戦線の戦士は、すべからくこの信念に生きなければならぬものです。 都会に、多くの作家があり、農村に多くの作家があるべき筈である。そして、彼等は、各の接触するところのものを真実に描かなければならぬ。そして、時に彼等の代弁となり、時に彼等・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ 芸術が、他のすべての自然科学の場合と同じく、独立して価値あるものでなくして、人生のために良心たり、感激たる上に於てのみ価値あるからには、芸術家は、すべからく、野に立って、叫ぶの戦士たらなければなりません。常に、自分を鞭打って止まざる至・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・人間性の為めの勇敢な戦士であらねばならぬ。現実が極めて安意な無目的の状態に見えるのも、或いは希望の光りに輝いて見えるのも畢竟、主観的の問題である。其の人を離れて現実なく、其の人の主観を離れて現実の意味をなさぬのも、要するに以上の理由による。・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・斯くして人道主義の最も敬虔にして勇敢な戦士の赤誠を心ある人々の胸から胸へ伝えている。 こうした涙ぐましい、謙譲にして真摯の芸術こそ、今日のような虚偽と冷酷と圧迫と犠牲とを何とも思っていない時代によって、まさしく正しい人々の胸に革新の火を・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・文学界へ書くようになってからの北村君は、殆んど若い戦士の姿で、『人生に相渉るとは何ぞや』とか『頑執盲排の弊を論ず』とか、激越な調子の文章が続々出て来て、或る号なぞは殆んど一人で、雑誌の半分を埋めた事もあった。明治年代の文学を回顧すると民友社・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・カアキ色のズボンをはいて、開襟シャツ、三鷹の町を産業戦士のむれにまじって、少しも目立つ事もなく歩いている。けれども、やっぱり酒の店などに一歩足を踏み込むと駄目である。産業戦士たちは、焼酎でも何でも平気で飲むが、私は、なるべくならばビイルを飲・・・ 太宰治 「作家の手帖」
東京は、いま、働く少女で一ぱいです。朝夕、工場の行き帰り、少女たちは二列縦隊に並んで産業戦士の歌を合唱しながら東京の街を行進します。ほとんどもう、男の子と同じ服装をしています。でも、下駄の鼻緒が赤くて、その一点にだけ、女の・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・夕方、職場から帰った産業戦士たちが、その道場に立寄って、どたんばたんと稽古をしている。私は散歩の途中、その道場の窓の下に立ちどまり、背伸びしてそっと道場の内部を覗いてみる。実に壮烈なものである。私は、若い頑強の肉体を、生れてはじめて、胸の焼・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫