・・・して、添乳の衣紋も繕わず、姉さんかぶりを軽くして、襷がけの二の腕あたり、日ざしに惜気なけれども、都育ちの白やかに、紅絹の切をぴたぴたと、指を反らした手の捌き、波の音のしらべに連れて、琴の糸を辿るよう、世帯染みたがなお優しい。 秋日和の三・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・……「失礼だが、世帯の足になりますか。」ときくと、そのつもりではあったけれど、まるで足りない。煩っていなさる母さんの本復を祈って願掛けする、「お稲荷様のお賽銭に。」と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目の崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみし・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・東京では女ひとりの所帯はたいへん気安いとかいいますから……」 予は突然打ち消して、「とんでもないことです。そりゃ東京では針仕事のできる人なら身一つを過ごすくらいはまことに気安いには相違ないですが、あなたは身分ということを考えねばなり・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・はじめて家を持った時、などは、井筒屋のお貞(その時は、まだお貞の亭主の思いやりで、台どころ道具などを初め、所帯を持つに必要な物はほとんどすべて揃えてもらい、飯の炊き方まで手を取らないまでにして世話してもらったのであるが、月日の経つに従い、こ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・何の必要もないのにそういう世帯の繰廻しを誰にでも吹聴するのが沼南の一癖であった。その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 浜子は世帯持ちは下手ではなかったが、買物好きの昔の癖は抜けきれず、おまけに継子の私が戻ってみれば、明日からの近所の思惑も慮っておかねばならないし、頼みもせぬのに世話を焼きたがるおきみ婆さんの口も怖いと、生みの母親もかなわぬ気のよさを見・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・美貌を買われて、婦人呉服部の御用承り係に使われ、揉手をすることも教えられ、われながらあさましかったが、目立って世帯じみてきた友子のことを考えると、婦人客への頭の下げ方、物の言い方など申分ないと褒められるようになった。その年の秋友子は男の子を・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「いや別にどうもなくて無事で来ましたがね、じつは今度いっさい家の方の始末をつけ、片づける借金は片づけ、世帯道具などもすべてGに遣ってしまって、畑と杉山だけ自分の名義に書き替えて、まったく身体一つになって出てきたんだそうですよ。親戚へもほ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ どんなものが書けるのだろうと危ぶまれはしたが、とにかくに小説を書いて金を儲けるという耕吉の口前を信じて、老父はむり算段をしては市へ世帯道具など買いに行った。手桶の担ぎ竿とか、鍋敷板とかいうものは自分の手で拵えた。大工に家を手入れをさせ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫