・・・「伯母さんだって世帯人だもの、今頃は御飯時で忙しいだろうよ」と言ったものの、あまり淋しがるので弟達を呼ぶことにしました。 弟達が来ますと、二人に両方の手を握らせて、暫くは如何にも安心したかの様子でしたが、末弟は試験の結果が気になって落ち・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ それで結極のべつ貧乏の仕飽をして、働き盛りでありながら世帯らしい世帯も持たず、何時も物置か古倉の隅のような所ばかりに住んでいる、従ってお源も何時しか植木屋の女房連から解らん女だ、つまり馬鹿だとせられていたのだ。 磯吉の食事が済むと・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・た繻子の帯、燧寸の箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日まで贅をやってた名残を見せて、今の今まで締めてたのが無くなっている背つきの淋しさが、厭あに眼に浸みて、馬鹿馬鹿しいがホロリッとなったア。世帯もこれで幾度か持っては毀し持っては毀・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・此の夜縄をやるのは矢張り東京のものもやるが、世帯船というやつで、生活の道具を一切備えている、底の扁たい、後先もない様な、見苦しい小船に乗って居る余所の国のものがやるのが多い。川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ しばらくして、赤い着物をきた雑役が、色々な「世帯道具」――その雑役はそんなことを云った――を運んできてくれた。「どうした? 眼が赤いようだな。」 と、俺を見て云った――「なに、じき慣れるさ。」 俺は相手から顔をそむけて・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・奥もかなり広くて、青山の親戚を泊めるには充分であったが、おとなから子供まで入れて五人もの客が一時にそこへ着いた時は、いかにもまだ新世帯らしい思いをさせた。「きのうまで左官屋さんがはいっていた。庭なぞはまだちっとも手がつけてない。」 ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・お玉夫婦は東京に世帯を持っていたが、宗太はもう長いこと遠いところへ行っていた。おげんはその宗太の娘から貰った土産の蔵ってある所をも熊吉に示そうとして、部屋の戸棚についた襖までも開けて見せた。それほどおげんには見舞に来てくれる親戚がうれしかっ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・翌る朝、青扇夫婦はたくさんの世帯道具をトラックで二度も運ばせて引越して来たのであるが、五十円の敷金はついにそのままになった。よこすものか。 引越してその日のひるすぎ、青扇は細君と一緒に僕の家へ挨拶しに来た。彼は黄色い毛糸のジャケツを着て・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・吹雪の夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯を持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に、あのきれいなお嫁も痩せて元気がなくなり、玉のようなからだも、なんだかおとろえて、家の中が暗・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その苦しい世帯を遣り繰りして、許された時間と経費の範囲内で研究するにしても、場合によってはまた色々意外な拘束の起ることが可能である。例えば若い教授または助教授が研究している研究題目あるいは研究の仕振りが先輩教授から見て甚だ凡庸あるいは拙劣あ・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
出典:青空文庫