・・・ だが、何のために、デッキに手入れをするか? デッキに手入れをするか? よりも、第三金時丸に最も大切なことは、そのサイドを修理することではなかったか。錨を巻き上げる時、彼女の梅毒にかかった鼻は、いつでも穴があくではないか。その穴には・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・されども能くその萌芽を出して立派に生長すると否らざるとは、単に手入れの行届くと行届かざるとに依るなり。即ち培養の厚薄良否に依るというも可なり。いわゆる教育なるものは則ち能力の培養にして、人始めて生まれ落ちしより成人に及ぶまで、父母の言行によ・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・王さまのお言伝ではあなた様のお手入れしだいで、この珠はどんなにでも立派になると申します。どうかお納めをねがいます」 ホモイは笑って言いました。 「ひばりさん、僕はこんなものいりませんよ。持って行ってください。たいへんきれいなもんです・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・あつい夏の朝、新聞をあければ、今日も明日もと、下山事件、三鷹事件、『アカハタ』への手入れとあつ苦しい、ごみっぽい記事はすべて共産党に結びつけて大げさに書かれている。そんな紙面を見ると、ある種の人々の感情はなんだかうんざりしてしまう。本質的に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・雑誌のモードは、山に海にと、闊達自由な服装の色どりをしめし、野外の風にふかれる肌の手入れを指導しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人た・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・日露戦争前の何処となく気の荒い時代であったから、犬などを洗ったり何かして手入れするものだなどと思いもしない者の方が大多数をしめて居たのかもしれない。 薄きたない白が、尾を垂れ、歩くにつれて首を揺り乍ら、裏のすきだらけの枸橘の生垣の穴を出・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ もう一つ非常に印象をうけたのは、その一冊の終りの方に工場や作業台に向って働いている人々を撮った何枚かの中の一枚で、精密な機械の調べ手入れのようなことでもしているらしい年寄の男の写真である。時計屋が使うような片目の覗き眼鏡にぴったり顔を・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・長袖の紫矢がすりに袴をはき前髪をふくらませた長い下げ髪をたらし、手入れのよい靴をはいた十八九の娘たちは、一目みて育ちのよさがわかるとともに、何とだれもかれも大人っぽく、遊戯なんか思いもかけず、もう人生の重大さを知っているという様子をしていた・・・ 宮本百合子 「女の学校」
八月のある日、わたしは偶然新聞の上に一つの写真を見た。その写真にとられている外国人の一家団欒の情景が、わたしの目をひいた。背景には、よく手入れされたひろい庭園と芝生の上に、若い父親が肱を立ててはらばい、かたわらの赤ン坊を見・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 彼のものを読むと、なにしろすっきりしていると思わずにはいられない。手入れの行届いたモーニングを着て、細身のケーンを持ちながら、日影のちらつく歩道の樹蔭を静かに行くのが彼の作品の後姿である。 去年の夏頃米国に来遊して間もなく“S・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
出典:青空文庫