・・・今年こそ白いのをうんととって来て手柄を立ててやろうと思ったのです。 そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行こうと思ったのでしたがどうも野原から大分奥でこわかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・古い女らしさに従えば、うまくやりくりして家じゅうに寒い目をさせず、しかも巧になるたけやすい炭をどっさり見つけて来る手柄に止っていたであろう。将来の女らしさは、そういう狭い個人的な即物的解決の機敏さだけでは、決して追っつかない。子供たちに炭の・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 筒抜けに上機嫌な一太の声を、母親はぎょっとしたようなひそひそ声で、「そうかい、そりゃお手柄だ」といそいで揉み消した。「さあもう一っ稼ぎだ」 また風呂敷包を両手に下げた引かけ帯の見窄しい母親と並んで、一太は一層商売を心得・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 周囲の人 母 好人物 ドメスティック 弟 山雄 富次郎 バチェラー一族 姉 浪花節語り K、Sの性格 ○小さい時から花柳界に育ち男をだますのを手柄と思って居た、 ○或若者、年上の・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・そりゃあ、人間が今でも云い伝えているそうだが、あの若者のカインに、始めてアベルを殺させたのも手柄の一つには違いないが、規模の壮大さで比較にならぬ。ミーダ 然し手間はかかったな。俺の一心を凝らした点から云えば、カインの仕事をやり遂げて以来・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・最初討手を仰せつけられたときに、お次へ出るところを劍術者新免武蔵が見て、「冥加至極のことじゃ、ずいぶんお手柄をなされい」と言って背中をぽんと打った。十太夫は色を失って、ゆるんでいた袴の紐を締め直そうとしたが、手がふるえて締まらなかったそうで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜す。義務を蹂躙する。そこに危険は始て生じる。行為は勿論、思想まで、そう云う危険な事は十分撲滅しようとするが好い。しかしそんな奴の出て来たのを見て、天国を信・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・牧民の職にいて賢者を礼するというのが、手柄のように思われて、閭に満足を与えるのである。 台州から天台県までは六十里半ほどである。日本の六里半ほどである。ゆるゆる輿を舁かせて来たので、県から役人の迎えに出たのに逢ったとき、もう午を過ぎてい・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・和主もこれから見参して毎度手柄をあらわしなされよ」「これからはまた新田の力で宮方も勢いを増すでおじゃろ。楠や北畠が絶えたは惜しいが、また二方が世に秀れておじゃるから……」「嬉しいぞや。早う高氏づらの首を斬りかけて世を元弘の昔に復した・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・は、中の部であるが六%にすぎず、「武辺の手柄を望み、一道にすく男」は、下の部であっても一二%にすぎず、あと八〇%は「人並みの男」に過ぎないのであるが、強すぎた大将の下では、上中下の二〇%の武士を戦死させ、人並みの猿侍のみが残ることになるから・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫