・・・目鼻立は十人並……と言うが人間並で、色が赤黒く、いかにも壮健そうで、口許のしまったは可いが、その唇の少し尖った処が、化損った狐のようで、しかし不気味でなくて愛嬌がある。手織縞のごつごつした布子に、よれよれの半襟で、唐縮緬の帯を不状に鳩胸に高・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ どんなにいゝ着物をきせても、百姓が手織りの木綿を着たようにしか見えない。そんな男だ。体臭にまで豚小屋と土の匂いがしみこんで居る。「豚群」とか「二銭銅貨」などがその身体つきによく似合って居る。ハイカラ振ったり、たまに洋服をきて街を歩いた・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・「……うらあもう東京イ行たらじゝむさい手織縞やこし着んぞ。」為吉は美しいさっぱりした東京の生活を想像していた。「そんなにお前はなやすげに云うけんど、どれ一ツじゃって皆な銭出して買うたもんじゃ。」 じいさんはそんなことを云うおしか・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・彼は所謂よい家庭人であり、程よい財産もあるようだし、傍に良妻あり、子供は丈夫で父を尊敬しているにちがいないし、自身は風景よろしきところに住み、戦災に遭ったという話も聞かぬから、手織りのいい紬なども着ているだろう、おまけに自身が肺病とか何とか・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・またことしの初夏には松坂屋の展覧会で昔の手織り縞のコレクションを見て同じようななつかしさを感じた。もしできれば次に出版するはずの随筆集の表紙にこの木綿を使いたいと思って店員に相談してみたが、古い物をありだけ諸方から拾い集めたのだから、同じ品・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・あるいは身幅の適したるものにても、田舎の百姓に手織木綿の綿入れを脱がしめ、これに代るに羽二重の小袖をもってすれば、たちまち風を引て噴嚔することあらん。 一国の政治は、いかにもその人民の智愚に適するのみならず、またその性質にも適せざるべか・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・あの蒲団かて手織やが、まだそんねに着やせんのやぞ。お前ら碌なことしやせんのや。」「好きで誰が連れて来る!」と息子は強く云った。お霜は何ぜ息子が怒り出したのかを疑いながら、「お前が要らんことせなんだら誰が来るぞ!」と云い返した。「・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫