・・・が、投身することは勿論当直のある限りは絶対に出来ないのに違いなかった。のみならず自殺の行われ易い石炭庫の中にもいないことは半日とたたないうちに明かになった。しかし彼の行方不明になったことは確かに彼の死んだことだった。彼は母や弟にそれぞれ遺書・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ 民さんも知っていましょう、あの年は、城の濠で、大層投身者がありました。」 同一年の、あいやけは、姉さんのような頷き方。「ああ。」 三「確か六七人もあったでしょう。」 お民は聞いて、火鉢のふちに、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・例を申しましょうなら、端役の人物の事ゆえ『八犬伝』を御覧の方でも御忘れでしょうが、小文吾が牛の闘を見に行きました時の伴をしました磯九郎という男だの、角太郎が妻の雛衣の投身せんとしたのを助けたる氷六だの、棄児をした現八の父の糠助だの、浜路の縁・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・Hとの事で、母にも、兄にも、叔母にも呆れられてしまったという自覚が、私の投身の最も直接な一因であった。女は死んで、私は生きた。死んだひとの事に就いては、以前に何度も書いた。私の生涯の、黒点である。私は、留置場に入れられた。取調べの末、起訴猶・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 三原山投身者もこの頃減ったそうである。 三 へリオトロープ よく晴れた秋の日の午後室町三越前で電車を待っていた。右手の方の空間で何かキラキラ光るものがあると思ってよく見ると、日本橋の南東側の河岸に聳え立つある・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 池へ投身しようとして駆けて行くところで、スクリーンの左端へ今にも衝突しそうに見えるように撮っているのも一種の技巧である。これが反対に画面の右端を左へ向いて駆けって行くのでは迫った感じが出ないであろう。 妖精の舞踊や、夢中の幻影は自・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 三原山の投身自殺でも火口の深さが千何百尺と数字が決まれば、やはり火口投身者の中での墜落高度のレコードを作ることになるかもしれない。しかし単に墜落高度というだけのレコードならば飛行機搭乗者のほうにもっと大きい数字がありそうである。 ・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・三原山投身者が大都市の新聞で奨励されると諸国の投身志望者が三原山に雲集するようなものである。ゆっくりオリジナルな投身地を考えているような余裕はないのみならず、三原山時代に浅間へ行ったのでは「新聞に出ない」のである。 このように、新聞はそ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・窓に張った投身者よけの金網のたった一つの六角の目の中にこの安全地帯が完全に収まっていた。そこに若い婦人が人待つふぜいで立っていると、やがて大学生らしいのが来ていっしょになった。このランデヴーのほほえましい一場面も、この金網のたった一つの目の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その時鼠骨氏が色々面白い話をした中に、ある新聞記者が失敗の挙句吾妻橋から投身しようと思って、欄干から飛んだら、後向きに飛んで橋の上に落ちたという挿話があった。これが『猫』の寒月君の話を導き出したものらしい。高浜さんは覚えておられるかどうか一・・・ 寺田寅彦 「高浜さんと私」
出典:青空文庫