・・・かく語る我身すらおりおり源叔父がかの丸き眼をなかば閉じ櫓担いて帰りくるを見る時、源叔父はまだ生きてあるよなど思うことあり。彼はいかなる人ぞと問いたまいしは君が初めなり。「さなり、呼びて酒呑ませなばついには歌いもすべし。されどその歌の意解・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・子の、しかもお坊さんご成人と云いたいように裾短で裄短で汚れ腐ったのを素肌に着て、何だか正体の知れぬ丸木の、杖には長く天秤棒には短いのへ、五合樽の空虚と見えるのを、樹の皮を縄代りにして縛しつけて、それを担いで、夏の炎天ではないからよいようなも・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・と挨拶して、裏へ廻って自ら竿を取出してたまと共に引担いで来ると、茶店の婆さんは、 おたのしみなさいまし。好いのが出ましたら些御福分けをなすって下さいまし。と笑って世辞をいってくれた。その言葉を背中に聴かせながら、 ああ、宜い・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・仮令性質は冷たくとも、とにもかくにも自分等の手で、各自に鍬を担いで来て、この鉱泉の脈に掘当てたという自慢話などを高瀬にして聞かせた。「正木さんなどは、まるで百姓のような服装をして、シャベルを担いでは遣って来たものでサ……」 何ぞとい・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・案のじょう買い物らしく、青扇は箒をいっぽん肩に担いで、マダムは、くさぐさの買いものをつめたバケツを重たそうに右手にさげていた。彼等は枝折戸をあけてはいって来たので、すぐに僕のすがたを認めたのであるが、たいして驚きもしなかった。「これは、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・中畑さんが銃を担いで歩いているのである。帽子をあみだにかぶっていた。予備兵の演習召集か何かで訓練を受けていたのであろう。中畑さんが兵隊だったとは、実に意外で、私は、しどろもどろになった。中畑さんは、平気でにこにこ笑い、ちょっと列から離れかけ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 故郷の人たちは、魚容が帰って来ても、格別うれしそうな顔もせず、冷酷の女房は、さっそく伯父の家の庭石の運搬を魚容に命じ、魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したり曳いたり担いだりして運び、「貧して怨無きは難し」・・・ 太宰治 「竹青」
・・・昼間は壻の文造に番をさせて自分は天秤を担いで出た。後には馬を曳いて出た。文造はもう四十になった。太十は決して悪人ではないけれどいつも文造を頭ごなしにして居る。昼間のような月が照ってやがて旧暦の盆が来た。太十はいつも番小屋に寝た。赤も屹度番小・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・釣魚をするとか玉を突くとか、碁を打つとか、または鉄砲を担いで猟に行くとか、いろいろのものがありましょう。これらは説明するがものはないことごとく自から進んで強いられざるに自分の活力を消耗して嬉しがる方であります。なお進んではこの精神が文学にも・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・半分と立たぬ間に余の右側を掠めるごとく過ぎ去ったのを見ると――蜜柑箱のようなものに白い巾をかけて、黒い着物をきた男が二人、棒を通して前後から担いで行くのである。おおかた葬式か焼場であろう。箱の中のは乳飲子に違いない。黒い男は互に言葉も交えず・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫