・・・残っていた五円で焼餅を一つ買い、それで今日一日の腹を持たすことにした。駅の近所でブラブラして時間をつぶし、やっと夜になると駅の地下道の隅へ雑巾のように転ったが、寒い。地下道にある阪神マーケットの飾窓のなかで飾人形のように眠っている男は温かそ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・――まあ、そりゃ、お前の勝手じゃが、兎に角今年から、お前に一戸前持たすせに、そのつもりで居れ。」 小川は、なお、一と時、いかつい眼つきで源作を見つめ、それから怒っているようにぷいと助役の方へ向き直った。収入役や書記は、算盤をやめて源作の・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・しかし、それを持たすまいとして日夜活動をつづけている権力がある。その権力は金の魔力で組織をこわしさえもする。それとたたかい、不幸から自分たちの運命を救い出してゆくのが、わたしたちの生活の切実な実体だとすれば、壺井栄さんのこの作品集にたたえら・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
出典:青空文庫