・・・或るとき家の諸道具を片付けて持出すゆえ、母が之を見て其次第を嫁に尋ぬれば、今日は転宅なりと言うにぞ、老人の驚き一方ならず、此人はまだ極老に非ず、心身共に達者にして能く事を弁ずれども、夫婦両人は常に老人をうるさく思い、朝夕の万事互に英語を以て・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
私たちが、恋愛とか結婚とかの問題について話す場合、特別その上に新しいという形容詞をつけて持ち出す場合、それは多かれ少かれ、従来理解され、また経験されて来た恋愛や結婚より何かの意味で豊富な、新鮮な、我々の生きる歓喜となり得る・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ デモが各々の職場で工場内の美術研究部を中心として、工夫をこらした飾りものを持ち出すばかりではない。今日赤い広場はみちがえるような光景である。 普請中のレーニン廟の数町に渡る板がこいは、あでやかな壁画で被われている。 集団農場の・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ そこでみんなが賑やかに熱心にメーデーの行列に持ち出す張り物、人形、スローガンを書いた赤いプラカードなどを制作する。 工場工場が趣好をこらして、見テロ! びっくりさせてやるからと、腕によりかけて、いろんなものを拵えるんだ。 何日もか・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・ 千世子は買って置きの銘仙の反物と帯止と半衿を紙に包んで外に金を祝儀袋へ入れた時それを持ち出すのが辛い様な気がした。 体を大切におし、 行った先は知らせるんだよ。 こんな経験のない千世子はこう云う時にどう云ったら一番・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・たり仕たりして笑いこけるけれ共、始終上品な洗練された滑稽と云う事を各々に気をつけて居るので、子供などに聞かせたくない様な文句を高々と叫んで居るのをきくと恥かしい様になって、種々な世の中の事に疑問を多く持ち出す年頃に近い弟などはどう云う気で聞・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・其も、一年の中で春から夏に懸けて、人々は、大抵の女は、何かと云うとそう云う種類の話を持ち出すのである。「はあ、何ちゅう当ったこったか、 お婆さんは、太い溜息を吐いて、又手拭で顔を拭いた。「私が、今年は足ろくさんに当って居る事から・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・そしてその急ぐ為事が片付くと、すぐに今一つの机の上に載せてある物をそのあとへ持ち出す。この載せてある物はいつも多い。堆く積んである。それは緩急によって畳ねて、比較的急ぐものを上にして置くのである。 木村は座布団の側にある日出新聞を取り上・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・今月は風炉敷包を持ち出す婆あさんはいなかったのである。石田は暫く考えてみたが、どうも春はお時婆あさんのような事をしそうにはない。そこで春を呼んで、米が少し余計にいるようだがどう思うと問うて見た。 春はくりくりした目で主人を見て笑っている・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・そのすきにつけ込んで、野心のある侍が、大将の機に合うような強硬意見を持ち出すと、大将はただちに乗ってくる。野心家はますますそれを煽り立てて行く。その結果、大将は、智謀を軽んじ、武勇の士をことごとく失ってしまうことになる。なぜかと言えば、侍の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫