・・・この文は西洋の新聞紙等より抜きたるものにして、必ずしもその記事の醜美を撰ぶにあらざれば、時々法外千万なる漫語放言もあれども、人生の内行に関するの醜談、即ち俗にいう下掛りのこととては、かつて一言もこれを見ず。その然る所以は、訳者が心を用いて特・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもあります。また学校の教育方針が急に変って、今までは自分の好きな髪に結って居ってもよかったのが・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・、他面に於て前に述べた伝統から享容れた欠点のある事も否めない事実であるから、これからは一切の不純な気持、身に附き添った色々なこだわりから離脱し、創作境そのものの中に自分を投げ捨ててかかった覚悟で仕事に掛かりたいと思います。 今月の『新小・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・ お目に掛りとうございます。 静かに静かにおはなしが致しとうございます。 達者で居る私は、毎日本をよみながらものを書きながら、どれほど考える時間の少ないのを不安がって居るでございましょう。 夜は人間を賢くすると申します。・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・ 大伯父はしっかり者で頭の明かな人だったから好い様だったけれ共その夫になくなられて後このクタクタな年中悪酒に酔わされて居る様な頭の大伯母が一人で自分の老後の掛り児をなみなみに仕上げ様とする努力は実に普通の母親が三人子供を仕立てる位のもの・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・早く為事に掛かりたかろうなあ。」 秀麿は少し返事に躊躇するらしく見えた。「それは舟の中でも色々考えてみましたが、どうも当分手が著けられそうもないのです。」こう云って、何か考えるような顔をしている。「急ぐ事はない。お前のは売らなくては・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・じっとして網を張っていたって、来て掛かりっこはありませんが、歩いていたって、打っ附からないかも知れません。それを先へ先へと考えてみますと、どうも妙です。わたしは変な心持がしてなりません」宇平は又膝を進めた。「おじさん。あなたはどうしてそんな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そこであれからは、御一しょに馬車から出てお暇乞をしてからは、ちっともお目に掛かりませんでしまいましたのね。それはあなたがわたくしを避けて逢わないようになさいましたのも、御無理ではございません。わたくしの手からなんの手掛かりをもお受けにならな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・生きた兎が飛び出せば伏勢でもあるかと刀に手が掛かり、死んだ兎が途にあれば敵の謀計でもあるかと腕がとりしばられる。そのころはまだ純粋の武蔵野で、奥州街道はわずかに隅田川の辺を沿うてあッたので、なかなか通常の者でただいまの九段あたりの内地へ足を・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・あまりうまくできているのでその面が奇妙に気に掛かり、あとで悪かったと感じたほど執拗にその面を問題にした。――この出来事がひどく気になっていただけに、臨終の日「死面」という言葉を聞いた時、私は異様な感じに胸を打たれた。ほんとうに悪い辻占であっ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫