・・・役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、女房の受ける処分は禁獄に過ぎぬから、別に名誉を損ずるものではないと、説明して聞かせたけれど、女房は飽くまで留めて置いて貰おうとした。 女房は自分の名誉を保存しようとは思っておらぬらし・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・この町では決闘は、若し、それが正当のものであったなら、役人から受ける刑罰もごく軽く、別に名誉を損ずるほどのことにならぬと聞いていた。私の歩いている道に、少しでも、うるさい毛虫が這い寄ったら、私はそれを杖でちょいと除去するのが当然の事だ。私は・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・数百の烏が棲息していて、舟を見つけると一斉に飛び立ち、唖々とやかましく噪いで舟の帆柱に戯れ舞い、舟子どもは之を王の使いの烏として敬愛し、羊の肉片など投げてやるとさっと飛んで来て口に咥え、千に一つも受け損ずる事は無い。落第書生の魚容は、この使・・・ 太宰治 「竹青」
・・・のがつきまつわっておってどうかして笑わせてやろう、どうかして泣かせてやろうと擽ったり辛子を甞めさせるような故意の痕跡が見え透いたら定めし御聴き辛いことで、ために芸術品として見たる私の講演は大いに価値を損ずるごとく、いかに内容が良くても、言い・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・するのみならず、患者の平生に持張して徐々に用うべき肝油・鉄剤をも、その処方を改めて鎮痛即効の物にかえんとするときは、強壮滋潤の目的を達すること能わずして、かえって鎮痛療法の過激なるに失し、全体の生力を損ずることあるべし。 ゆえに今、一国・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・これまたその功名の価を損ずるところのものにして、要するに二氏の富貴こそその身の功名を空うするの媒介なれば、今なお晩からず、二氏共に断然世を遁れて維新以来の非を改め、以て既得の功名を全うせんことを祈るのみ。天下後世にその名を芳にするも臭にする・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫